Missing:村空








「俺がお前を守るのは、約束じゃない。だろう?」








*  約束  *









村神は手を伸ばして、空目の髪を引っ張った。
空目の眉間にしわが寄る。
「こら。こっちを向け。というか、こっちに寄れ」
声をかけてから、村神は空目の頭を掴んで、こちらを向かせた。
「お前は馬鹿だ。知ってたか」
「…」
空目は眉間にしわを寄せたまま、村神を見上げた。
「…知ってるか、お前」
呆れたように笑って、村神は消毒液をガーゼにたらした。
「人間には痛覚がある」
何を言われているのか全くわからない、といった様子で、空目は首を傾けた。
「普通の人間は、痛いのは嫌なんだ」
こんなことをいちいち言い聞かせなければならないことに悲しくなりながら、村神は空目の腕をとって、袖を捲り上げた。
「嫌なものは避ける。わかるか?」
村神が訊いても、空目はただ黙って村神を見上げるだけだった。
そんな空目の腕に、村神はガーゼを乗せた。
「…、」
痛みを感じたのか、空目の表情がほんの一瞬変化したのを村神は見逃さず、ふん、と口の端を歪めて笑った。
「ほら、痛いんだろ?そりゃ痛いだろうさ。火傷したんだぞ、お前。わかってるか?」
こんなことをくどくど言い続けることがいい加減嫌になって、村神は消毒液をつけたガーゼをどけて新しいガーゼを乗せ、テープをぐるぐると巻いて空目の腕に固定した。
つい先程のことだ。
村神が淹れたての熱い茶の入った湯飲みを落とし、その茶を空目が腕にまともに浴びてしまったのは。
村神が手を滑らせる瞬間を、空目は見ていた。
反射的にでも避けるだろうと村神が思ったのも一瞬で、空目は微動だにしなかった。
動けなかったのではないのだろうと思う。空目はそんなことで冷静さを欠く人間ではないからだ。
結果、空目の脆く薄い皮膚はいとも簡単に火傷を負った。肌がただれて今は悲惨な状態だ。
普通は、避ける。
もろに浴びてしまったら痛いと騒ぐ。
そんな当たり前のことをしない空目が、寧ろ不憫にさえ思えた。と同時に、何故だか苛立った。
村神は空目の腕を持ち上げて、そっと口付けた。
「わかるか、空目?俺がお前を守るのは、約束じゃない。だろう?」
「………」
「俺がお前を守らなくなったら、お前はどうなるんだろうな」
村神が呟くと、空目は村神の髪に指を通した。
「安心しろ」
「……え?」
「お前が、例えば……死んだとする」
空目が普段しないような話を始めたので、村神は不思議に思って首を傾けた。
「お前が死んだら俺を守るような物好きはきっともういない。そうしたら、俺も長くは生きない」
「は?」
「生きられないように思う。『普通に生きる』ことが俺には出来ない。唯一身近な『普通』が死んだら、俺は完璧に異質になる。そうしたら、俗に言う『この世』から、俺は放り出される」
「…それでどうして安心する」
「俺がどうなるかという心配をしているのだろう?どうもならない。死ぬだけだと言っている」
簡潔な暴論に村神は理解が及ばず、こめかみを指でおさえた。
空目は村神のそんな表情には頓着せず、続けた。
「お前は俺と約束などしていない。それぐらい、わかっている」
「…」
「お前は俺を勝手に守っている。俺は勝手にお前からの保護を予期している。充分だと思わないか?」
空目が首を傾けて、村神の顔を覗き込んだ。
そんな空目の頬を撫でて、村神はもう一度口の端を歪めるように笑んだ。
「でも現に、お前はこうやって怪我してるじゃねェかよ」
「約束していないのだから、構わないだろう?」
何でもないことのように、空目がさらりと言う。
「約束していないのだから、」
同じ言葉を繰り返して、空目は一区切り入れた。
「お前は本当はいちいち俺の怪我に頓着する必要はない。責任云々も一切生じない」
きっぱり言い切った空目が何だか可笑しくて、村神は笑った。
今度は空目が首を傾けた。
「……お前には勝てない。口ばっかり達者だ」
「どこか一点突出しているというところで俺とお前に違いはない」
返す言葉もなくなって、村神はもう一度、空目のガーゼの上に口付けを落とした。
空目は再び村神の髪を撫でた。




















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2007.3.16
2007.9.4