DARREN SHAN:クレダレ








*  ホラー  *








「まだ拗ねているのか」
窓の外を眺めているダレンの背に、クレプスリーはなるべくそっと声をかける。
ダレンはうーんと唸って、首を傾けた。まだ外は眺めたままだ。
「ダレン」
「…」
「……」
返事がなかったので、必然のようにクレプスリーも黙った。あまりしつこく声をかけても、多分癇癪を起こされるだけだ。
「どうして空から水が落ちてくるんだろうね?」
暫く経って、全く体勢を変えず窓の外を眺め続けていたダレンがぽつりと云った。
答えづらい質問をされて、クレプスリーは頬の傷を掻いた。
そんなことには頓着せず、ダレンは続ける。
「昨日までずっと晴れてたよね。…さっきまで晴れてたよ。夕陽がきれいだなって、思ったもん。これが見られないクレプスリーって、可哀相な奴なんだなって思ってたもん」
ぽつぽつと続けながら、ダレンはゆっくりクレプスリーを振り返った。
「…」
「夜一緒に散歩したいって云っただけじゃん。別に手繋ぎたいともキスしたいとももっとすごいことしたいとも云ってないじゃん。純愛だよ、純愛」
「…ダレ、」
「云わなくてもわかってる。自然現象なんだよね雨って。地震が起こるよりずっと自然な、自然現象なんだよね。温められた空気が上昇気流で空にのぼって、んで重たくなったらぽたぽたって雨になって落ちてくんの。いつだったか忘れたけど、学校で習った」
二、三云いたいことはあったがとりあえず飲み込んで、クレプスリーは拗ねた顔のダレンを見つめた。
「しとしと雨が降る日にのそーって出るのがお化けだよね。バンパイアだよね?ホラー映画ってそうだもん。でも現実はこう。雨が降ったら散歩も出来なくて、ホテルにこもるの。止まないかなァって、空見上げるの」
唇を噛んで、ダレンはカリカリと窓の隅を人差し指の爪で引っ掻き始めた。
みるみるうちに傷が増えていって、クレプスリーはとりあえずそれをやめさせようとダレンの手首を掴んだ。
「…聞き分けのない子供だなって思ってる?」
急に近くなったクレプスリーを見上げて、ダレンは問い掛けた。
ふう、と大袈裟に溜息をついて、クレプスリーはそれに答える。
「いつになくよく喋る口だ、とは思ったが」
「…ホラー映画なんか嘘ばっかり」
云って、クレプスリーの腰に抱き着いた。
「雨が降ったらデートも出来ない。人間と一緒だよ」
「…いいぞ、行っても。我輩は構わん」
「傘ないもん。カッパデートなんてやだもん。そんでカッパも持ってないもん」
ぐりぐりと頭を押し付けて、ダレンはひたすら駄々をこねた。
「明日じゃいけないか」
「明日でもいいよ。明後日だっていい。でも今日もしたかったんだよ。明日のデートはちゃんとデートだけど、今日のデートじゃないんだよ」
意味の取りづらいことを云い、ダレンはクレプスリーにぎゅう、としがみついた。
少々息苦しいが、云ったら余計張り付かれそうな気がして、クレプスリーは大人しくダレンの髪を撫でてやった。
「馬鹿みたい。こんな駄々こねたって雨は止まないし」
すっかり勢いが消え去り、大人しくなったダレンが呟いた。
「お腹空かない?」
子供とはこんなに表情がころころ変わるものだったか、とクレプスリーは少々面食らって、だがダレンの気が変わらないうちに柔らかく頷いた。
「そうだな。昼間のうちに何か買っておいてくれたのか?」
「シチューを作ってあげるよ」
クレプスリーの言葉を半ば無視した返事をすると、ダレンはやっと笑った。
「マッシュルームを入れたやつ。食後にはね、チャイを入れたげる。昼間本屋で立ち読みして勉強してきたんだ」
楽しそうにそう云うと、ダレンは軽い動作で立ち上がり、鞄を漁り始めた。
そんなことを云って前のホテルでは机を焦がしていたような気がするが、今のダレンにはとても口出しなど出来そうになかった。
「バンパイアが人を襲う話なんかやめて、バンパイアの純愛とかを映画にしてみたらいいのにね。流行るかもしれない」
ガスコンロのガスの残量を確認しながら、ダレンは云った。
「そうだな。そんな映画ができたら、…そのときは何年振りにかわからんが、映画館にでも出向いてみよう」
「ぼくも一緒だからね。そのときは」
何気なく云ったのだろうが、それが脅しのようにも聞こえて、クレプスリーは苦笑して頷いた。
「そんな日が、来たらな」
「来ないなら、ぼくが撮る」
どこからかくる自信に胸を張って、ダレンはにっこり笑んだ。
クレプスリーもつられて笑うと、ダレンは料理の準備を一時中断して、クレプスリーに抱き着きに行った。
















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2006.4.4
2006.4.4
2006.8.3