「……やるよ、これ」




















*  君に贈る  *
















一輪の花を差し出す村神を見て、花を見て、空目は動きを止めた。
夕焼けのような色をした花だった。
名前には心辺りがないが、なんとなく見たことはある気がする。
何故急に花なんか。そう思った。
当の村神もすっかり照れてしまっていて、空目の顔を見られないでいる。
「…」
この様子から考えて、からかっているわけではなさそうだ。
こんな演技まで出来るほど村神は器用ではないし、空目にもそんなことをわざわざされるようなこころあたりはない。
「…なんとなく、だ。深くは考えるな」
訊きもしないのに、村神はそんなことを云い出した。
「誰に何を吹き込まれた」
とりあえず受け取って、空目は言葉を返した。
村神家の神社に、二人はいた。
用があって村神の家を訪れた空目とそれを出迎えた村神に、叔父は神社の境内の掃除を命じた。
初めは大人しくやっていたが、途中で投げ出して、参拝者用の木製の今にも壊れそうな長椅子に二人で並んで腰掛けた。
空目が座っても椅子は少しも動じなかったが、続いて村神が隣に座ると、少し軋んだ。
暫くぼんやりしていたが、不意に村神がぐるりと建物の周りを一周回ってきたかと思えば、いきなり花を差し出してきた。
これはもはや怪奇現象の域だ。
「…そう、云うなって」
夕焼けの、あの燃えるような色が、痩躯の黒衣によく映えた。
「たまにはな。コイビトらしくていいだろ」
「『コイビトらしい』のか、これが」
村神が自嘲気味に笑いながら本気とも冗談ともつかないことを云うと、細い指で花弁に触れ、空目は呟いた。
互いに互いの顔など見ていない。
「…」
花を渡す村神も、受け取る空目も柄ではなかった。お互い自覚しているから余計ぎこちなかった。
「ついに花を愛でる心が目覚めたか」
「…ついにって何だよ」
花の香りを嗅いでみているらしい空目が、続けて言葉を投げる。
「何故この花だ」
「…キレイだと思ったから、」
「返す」
「は!?」
「自分で見て綺麗だと思う花を、わざわざ摘んで人にやる意味がわからん。だから返す」
「お前…」
本気で云ってるのか、と云いかけて、やめた。
村神が花をなかなか受けとらないので、空目はそれを村神の髪にさした。
「…軽く、殺意が沸くんだが」
「そうか」
村神が本気で殺意を抱いていようと微塵も気にしないような口調で返事をすると、空目は立ち上がって賽銭箱に向かって歩き出した。
「…まさかとは思ってたけど」
可能性としては考えていたが、本当に返されるなんてあまり思っていなくて、村神は髪から抜いた花を手の上で転がした。
「お前、プレゼントだっつって渡されて、何だったら受け取る」
「考えろ」
振り返りもしない空目に短く返されて、村神は口をへの字に曲げた。
いつも折れてばかりではなんなので、少し突っ掛かってみることにした。
「…動物実験には色々と問題があってな」
「…」
賽銭箱の中身でも覗いているのか知らないが、空目は村神の言葉にまるで興味がないかのように無反応でいた。
だが村神はのんびり歩み寄りながら、続ける。
「まず動物愛護か何かの団体に叩かれる。その理由のひとつは、種差別。ヒトの為になら、他の動物は実験に使い、最悪殺しても構わないのか?」
「……」
「ふたつ目。シャーレの中で培養しといたらそれで結果らしい結果も出せるんじゃないのか?」
「…………」
「最後に。ヒトと全く同じ遺伝子構造であり、全く同じ免疫組織を持つ動物は存在しないから、実験結果をそのままヒトに用いていいのか?」
空目は振り返らず、建物を眺めていた。
聞いているのかいないのかわからないようなそぶりだが、多分聞いてはくれているのだろうと思って、村神は続ける。
「そこで本題。俺はお前の喜ぶ何かを用意したいわけだが、俺はお前ではないから、いくらお前の気持ちになって考えたところで、正確な答えは出ない。そうだな?」
空目は何も答えない。
「見切り発車になるが、この考えでいくとお前になったつもりで考えたものをやるしかなくなるんだよ、俺は。動物実験だって結局のところそうなってんだろ。ラットやらサルやらで平気なもんはヒトでも平気だと思って使ってる」
まるで自嘲のように村神が云い切ると、ゆっくりと空目が振り返った。
「…一理ある」
村神は口の端を歪めて笑った。
「あるが、ひとつ問おう。お前は本当に俺が喜ぶと思って花を渡してるのか?」
「…」
花を目の前でひらひらさせ、村神はにやりと笑った。
「この考えの都合のいいところは、俺にお前の考えがわからないように、お前にも俺の考えがわからないことだ」
「…」
「お前が花をもらって喜ぶと、俺は思ってるかもしれない。だがお前には真理は決してわからない。『俺は本当のことを云っている』という言葉がはたして本当なのかがわからないようにな」
「……」
「だからお前は花を受け取らざるを得ない。嬉しければ家に飾って、要らなければ捨てればいい」
腕を真っ直ぐ伸ばして、村神は空目に花を差し出した。
「…村神、」
差し出された手に、空目も手を差し延べる。
「その考えの穴を指摘しよう」
村神の手に触れ、花を押し返して、空目は続ける。
「…穴?」
「そう、穴だ。いくつかあるな。…まずひとつ、俺とお前は付き合いが長い」
「…」
押し返された花を眺めて、村神は無言で先を促す。
「付き合いが長ければ予測もつきやすくなるだろう。そして次に、」
村神の服の首元をわし掴みにし、いわゆるてごめにして村神の顔を引き寄せ、空目は囁く。
「これが最大で最高。お前は俺に好意を抱いている。それも、そんなに程度の低いものではない」
「…自惚れだ」
髪を掴んで、空目を睨み付けるように見据えた。
「ああ。お前の考えでいくとこれは自惚れ以外の何物でもない。だからこれは、捨て身だ。捨て身で云うが、これはお前の自己満足だ。俺が花を受け取って喜ぶことではなく、俺が花を受け取った時点でお前はきっと満足する。これを自己満足と云わず何と云おう?」
開き直りともとれるような言葉を吐く空目に、村神は口付けた。
「…自惚れに敵う論理などない」
空目のその囁きが、その吐息が唇にかかるほど近くにある顔を、頬を撫で、村神はもう一度口付ける。
「お前にその自惚れがある限り…お前に勝ち目はない」
云って、村神は一歩退いた。
そして片膝をつき、右手で花を差し出す。
「…さァ。受け取ってくれるな?」
半ば確信めいた口調で、村神は謳い上げるように云って、笑んだ。
細い指で唇を撫で、空目も口を開く。
「ああ、…喜んで」
柄にもない返事をして、その細い指で花に触れ、空目はそれを受け取った。
「…んだよ、その返事」
破顔して、村神は空目の腕を引っ張り、薄い体を引き寄せた。
「お前と大差ない」
「…そうかよ」
この神社に何の神が奉られているかなど気にしたことは殆どないが、それでもなんとなく罰当たりな気はして、村神は一瞬思考を巡らせたが、すぐに捨てた。
「もうどうでもいい」
「…」
「お前が花を受け取ったから、いい」
髪に顔を埋め村神が呟くと、空目は酷く大仰にため息をついた。
「…今度からはせめて花の名前ぐらい調べて来い」
「気持ち悪いだろうが。俺みたいなのが花の名前べらべら云ったら」
指先で空目の髪を弄び、村神は開き直って云う。
「それはお前の主観だ」
「花の名前知ってる俺のが好きか」
「考えろ」
きっぱりと云い放って空目は村神の胸に顔を押し付けた。
























END




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あれ、なんか違うよまたもや。私はメルヘンが書きたかったんだよ。笑
どうして生命倫理の話とか出てきたんだろう・・・。うわ謎。
単純に。ホント単純に、「ハイ、お花をあげるよ」「うわァありがとう」な話を書きたくて書き始めたんです。
……人選を間違えたのかな?爆
なんか収拾つかなくなって、強制終了させました。




2006.3.7