酷く冷えた部室に二人きりでいたら、ふと手を繋ぎたい衝動に駆られて * 指を繋ぐ * 「…、」 村神はすぐ隣に座っている空目を見た。 空目はただ黙って分厚いハードカバーの本に目を落としている。 だが確かに、だらんとパイプ椅子に掛けた手に、指に、空目の指が触れていた。 驚きすぎて、思わず手を引いてしまうところだった。 「……、…」 偶然当たっただけではない。 だとしたらもう離れてしまっている筈であるし、何よりこの村神の挙動不審さを咎めていてもおかしくない。 脈拍だけが、無駄に加速した。 タイムリー過ぎたので、余計に反応してしまう。 空目は平生と変わらないように見えた。 「………、」 黙って、指を絡めた。 空目がちらりと絡んだ指に視線をやり、だがまたすぐに文面に視線を移し、ページを繰った。 何なんだろうと村神はただ思った。 空目の行動には必ず意味があり、何がしかの結果が予想されているに違いないと推察してきたが、どうもそうでもないような気がした。 「空、目?」 語尾を上げ、村神はその手を手繰り寄せると、のろのろとまた顔を上げた空目に見せ付けるように指に口付けを落とした。 「……」 甘い雰囲気に持って行くのは苦手だった。 甘い口説き文句なぞは自分の語彙にはないし、甘い空気は自分にあまり似合っていない気がして、やたらと照れ臭くなってしまう。 それでもそれに近い流れがあれば、あながち不可能でも無い、と思い直した。 だが指に触れ、口付け、見つめ合うような幼稚なことしか出来ないけれど、なんとなく満足出来ている気もする。 「…」 もともと先程まであった自分の欲も、『手を繋ぎたい』なんて可愛らしいものだった。先は特に望んでいない。 妙に気まずくなった気がして、村神は手を離した。 空目はその手を追わなかった。 部屋は静かだ。 たまにパイプ椅子がぎしりと哭くが、それだってうるさくはない。 2人の間にある静寂は、気まずいものではない。会話がないと一緒にいられないようなちゃちな仲ではないからだ。少なくとも、村神はそう思っている。 そうでなくとも、お互い自分を取り巻く環境へ対する関心が薄い。気遣いもない。下手をすると2人の仲がどうこうより、そちらのほうが大きいのかもしれない。 気まずい沈黙が全くないことはないが、主にそれはどちらかが普段と全く違うアクションを起こしたときか、起こそうとしたときだ。 例えば、いきなり指を絡めてこられたりなんかすると、村神はひとたまりもない。 今なんかちょうどそうだろう。 「…、」 先程離れた手が、指が、また触れ合っていた。 ごく自然にそれを絡めてくる空目に、村神は平生通りの対応はとれそうになかった。 「…空目?」 遠回しに探りを入れるなんて器用なことは出来ず、また先程のように名前を呼んだ。 「…」 すい、と空目の視線が村神へ移った。 「…」 「…」 何も云わないでいると空目はまた文字の羅列を目で追い始めた。 思えば、空目の指先は酷く冷えている。懐炉がわりにでもされたかと思ったら、なんということもないように思えてきた。 空目は自分を使って暖をとっている。そう思うことにした。 暫くして、廊下から足音が聞こえてきた。だんだん近付いてくる。 がら、とドアが開いて、反射的に村神は空目の手を振りほどいた。 「あァ、陛下に村神。いつも早いなー。にしても、寒くないか」 入ってきたのは武巳だった。 空目は何事もなかったかのように沈黙している。 「まだ稜子とか来てない?」 「あァ」 「ふゥん」 自分で訊いておきながら何故かそっけない返事をし、武巳は二人に机を一つ挟んで向かい合うよう座った。 「寒い…、なんか、中のほうが陽が当たらない分もっと寒い気がする」 小刻みに震えながら、武巳は呟くように云った。 ぱたん、と村神は本を閉じる。 「村神はなんか寒くなさそうだよな」 「寒いに決まってんだろ」 「いやァ、なんていうか。心頭を滅却すれば火もまた涼し、みたいなさ。あれ、逆だな今。氷もまた暖かいっていう感じかな?」 「…俺を一体何だと思ってる」 「うーん。修行僧?」 けらけら笑いながら、武巳はポケットから懐炉を取り出し、両手で挟んだ。 「逆に陛下はね。暑いも寒いもなさそう」 「は?」 「陛下の周りだけ温度がないみたい。寒くて震える陛下も、暑くて汗かく陛下も、想像つかない」 「……」 武巳が云うと、空目はのんびり顔を上げた。 そんな訳があるか、と云いはしないがそう云いたそうではあるな、と村神は横で見ていて思った。 「え、村神はそう思わない?」 気付いているのかいないのか知らないが、武巳はあっけらかんとして村神に同意なんかを求めている。 おおよそ本人を目の前にしてする話ではないような気がしたが、気付かないふりをした。 「植物だって温度ぐらい感じてきちんと対応するぞ」 「陛下を植物以下扱いする気か村神」 「それはお前だろ」 「俺が云いたいのはそうじゃない」 云って、武巳は空目を見た。つられて村神も空目を見た。 「…」 大人しく二人の話を聞いていた空目が、武巳と村神に順に視線を返した。 「陛下が温度を感じないんじゃなくて、」 やがてゆっくり話し始めた武巳を、黙って見つめた。 「陛下の周りにはそもそも温度ってものがなくって。だから陛下には温度の概念なんてものがなく、て…、……は?あれ?訳わかんなくなってきたな?」 云いながら早々に首を傾げ始めた武巳に、村神はため息をついた。 空目は温度を感じない、などと云われてしまうと、先程まで懐炉がわりにされていたと思われる自分は一体何だ、ということになる。 空目の取巻きに温度がないのなら、何故空目の指先はあんなに冷え切っていたというのだ。 あっという間に考えを覆されてはたまらない。 「…村神といい俺といい、お前は他人に対する認識を一度全て改めてみたほうがいいな」 「うわァ」 軽いあてこすりを込めて空目が云うと、武巳は笑った。 「少なくとも村神は修行僧のような慎ましさはかけらもないし、」 「空目も植物程淡白で大人しくて無害じゃあねェな」 互いに互いを指しながら云うと、武巳は更に破顔した。 「あはは、息ぴったし。ていうか修行僧は本気じゃないし、植物はそもそも俺が云ったんじゃないってば」 懐炉を手の中でくしゃくしゃにしながら、武巳は笑う。本当に楽しそうに笑うな、と村神は思った。 「でもまァ、」 語調を改めるように、武巳は空目と村神とに順に視線を配り、一瞬だけきりっとした顔になった。 「以後、気をつけます」 軽口を叩くように云い上げると、いたずらでもしたみたいな顔でにっと笑った。 だがその拍子に、といっても特に何が起こった訳でもないのに、武巳の手から懐炉が滑り落ちた。 「あ、」 ぼて、と鈍い音をしてそれは床にはいつくばった。 「…そう、してくれ」 なんとなく疲れたような返事をして、村神はその懐炉を拾い上げる。 それをそのまま武巳の手の中に落としてやった。 「ありがと」 懐炉は、当たり前だが暖かくて、指先にはその暖かさが名残惜しかった。 空目程ではないが平生より冷えてしまった自分の手を見て、空目を見た。 空目がゆっくりと振り向く。 「…」 「…」 「…」 二人の一連の動作にあまり意味を見出だせず、武巳はただ首を傾げた。 「へ、陛下、」 「ん」 「手、貸して、手」 そんな二人に割って入るように、武巳は慌てて声を上げた。 「手?」 訊きながら、空目は武巳のほうへ手を伸ばす。 「そう、手。…ぅわ、冷たい。寒いんじゃんやっぱ、陛下」 先程は武巳が勝手に云っていただけで、空目自身は一言も寒くないなんて云ってないぞと思いながら、村神は二人のやり取りを見た。 武巳は懐炉を持った手で空目の手を挟んでいる。 「陛下は元から体温低そうだもんな。こんな冷たくなるのも慣れっこ?」 「慣れてはいるが…、寒いものは寒い」 「…そか。それもそうだ」 云いながら武巳はうんうんと頷く。 「冷たい指先は、誰かに暖めてもらうのが一番なんだよ、陛下」 云い聞かせでもするように、ゆっくりと武巳の並べる言葉がじわりと体に染み込んでいく気がして、村神は武巳をぼんやりと見た。 冷えた指先は、暖めてもらう為にある。 「誰かに暖めてもらったほうがなんとなくさ、嬉しい感じもするだろ」 「…」 云いながら、武巳は空目の手に懐炉を握らせた。 背もたれに大きく体重をかけて村神はふん、と鼻を鳴らす。 「…何だそりゃ」 「うわァ、馬鹿にしてるの村神?」 懐炉を握ったまま空目は手を自分のほうに戻した。 その空目をちらりと見て、村神は続ける。 「日下部みたいなこと云ってるぞお前」 「え、お前今のメルヘンに聞こえたのかよ」 「日下部イコールメルヘンも大分偏りを感じるが」 長く細い指で懐炉を弄りながら、空目も何となしに口を挟む。 武巳は口をへの字に曲げ、わかりやすい顔をした。 「べ、別にそんなつもりじゃ、」 「ないのか?」 「云い切れはしないけど…」 空目の畳み掛けに歯切れの悪い返事をして、武巳は眉間にしわを寄せた。ころころ転がるように表情の変わる奴である。 「短絡的だなお前」 「…ホントさっきから馬鹿にしてんだろ村神?」 「いや?むしろ羨ましいぞ」 「え、それってやっぱ馬鹿にしてるってことじゃん!?」 がん、と机が音を立てるのも構わず、武巳は村神のほうに身を乗り出した。 「どうしてそうなる」 「『羨ましい』って大低皮肉だって」 「…………素直に受け取ってみたらどうだ?」 「間が!その間が気になる!」 武巳が騒ぐのを見て、村神は笑んだ。わざわざ云いはしないが、武巳がいると何となく部屋が明るくなった気がして楽しい。 「な、んで笑うかな、」 声を上げて笑うよりそちらのほうがこたえるらしく、武巳は両手で顔を覆ってしまった。 「悪いな」 「わかってる…わかってるんだけどさァ、」 「?」 「わかってるよ。悪気はないんだろ。村神ってそういう奴だもん。わかってるけどやることなすこと悪循環で損だお前」 手で顔を覆ったまま武巳はもそもそ喋った。 「…何だよ、それ」 「…………そのタイミングで笑ってさ、そのタイミングで謝ってさ。やる奴がやればただのイヤミなんだよ、それ。全てはタイミングなんだよなァきっと。でもさ、でもさ、俺はちゃんと村神の無実を知ってるからなんていうか村神、かっこいいよ…うん、」 どんどん小さくなる声で訳のわからないことをぶつぶつと呟き、武巳は指の間から空目をちらりと見た。 目が合ってしまったが、逸らすタイミングを見事に逃し、暫く見つめ合ってしまった。 空目は不躾なほど真っ直ぐ視線を寄越してくる。 だがやがて、催眠にでもかかったように目を離せなくなってしまっている武巳に気付いたのか、ふいと余所を向いた。 「…何も考えないで話し始めるだろう、お前」 「はあ…すいません」 呆れた表情で云う村神に、武巳は笑った。 「…えぇと。あ、俺、なんか暖かいもん買ってくる。陛下何がいい?」 「…任せる」 「ココアとか甘いの平気だったよな?」 「ああ」 「じゃなんか美味しそうなの選んでくる。村神、お前のはないからな。生憎俺はコップ2つしか持てない」 「いいよ、別に」 がたがたと騒がしく立ち上がると、ポケットに小銭が入っているのを確認して、武巳は出ていった。 ふう、と息を吐いて、村神は背もたれに身を預けた。 「置いていったが、いいのか」 懐炉を持ち上げて、空目が云う。 「…行く前に本人に云ってやれよ」 口の端を歪めて、村神は笑った。 掌を上にして手を伸ばすと、それを受けて空目も懐炉を差し出す。 村神はその差し出された手を掴んで引き寄せたが、空目は大人しく従わなかった。 力を緩めた手の中に懐炉だけを残し、空目は腕を自分のほうへ戻してしまう。 離れる瞬間わずかに触れた相手の指が少し暖かくなっているのを感じて、なんとなく村神はまた先程の名残惜しさを感じた気がした。 「…暖まったかよ、手」 「ああ」 「冷たい手は、暖めてもらう為にある、か」 手の中で懐炉を弄びながら、村神は呟いた。 「…………」 空目から手が伸びてきて、村神はその手を懐炉と一緒に握る。 「まだまだ冷てェじゃねェかよ」 少々暖まっていることを知りながら、村神はそら嘯く。 「お前と比べるな」 「俺だってこれでも冷えてんだ」 ぎゅ、と手を握ってみると、空目は握られた手をちらりと見た。 「なら暖めてくれるのか?お前が」 「……」 「…」 「俺の手が冷えるからそれはごめんだ」 云って、今度は空目の手の中に懐炉を残して手を離した。 「それもそうだな」 「しかもそれじゃ今近藤が云ったのそのままじゃねェかよ。お前もいる前で聞いたことをまんま実践してたまるか」 冷えた指先を唇にあて、空目は村神が云うのを黙って聞いた。 「期待に添えなくてすまんな」 「本気か」 「冗談だ」 くく、と喉の奥で笑い、口許にある空目の手をそっととって指に口付けた。 「いつか忘れた頃にでもやってやるさ」 「…」 冗談ともつかない口調でそう云うと、村神はまたそっと空目の手を離した。 「気障だ」 ふん、と鼻を鳴らして空目はドアのほうへ目をやる。 足音が聞こえた。武巳が帰って来たか、他の誰かが来たのだろう。 「可愛いげのねェ奴だよホントに」 「お前は可愛いげを求めてるのか、俺に」 「…」 返す言葉が無くなって、村神は口をへの字に曲げた。 「ただいまァ」 がら、とドアが開いて、いやに陽気な武巳が顔を覗かせた。 「うわ、村神まじ顔怖ェ」 入ってこようとしていた武巳は、村神の顔を見て一歩後ずさった。 だが両手に持ったコップから中身が零れそうになって少し慌てる。 どうやらドアは足で器用に開けたらしい。 「はい、陛下にはロイヤルミルクティーでっす」 「すまんな」 「はァい。代金は村神な。ほら払え」 「知らねェよ」 明るい笑顔をまんべんなく振り撒いて、武巳は空目と村神とでは随分違う語調の言葉を吐いた。 たまにこいつを末恐ろしい奴だと思ってしまうのは、おそらく村神だけではないだろう。 だが金を本気で取り立てる気はないらしく、武巳は少し笑うと大人しく自分の椅子に座り、自分に買ってきたカフェオレを熱そうにちびちび飲み始めた。 「うん、暖まるなー。寒いのってホントやだ」 年寄り臭くしみじみと呟いて、武巳はふう、と息をついた。 その武巳に、ミルクティーに口を付けながら空目が懐炉を差し出す。 「あァ、そんなつもりで云ったんじゃないよ。持ってていいよ陛下」 武巳は慌てて空目の手を押し戻そうとするが、押し戻される前に懐炉を机の上に落としていった。 「わ、ホントいいのに。陛下手まだ冷たいよ」 「もう、平気だ。そんなに気にかけることはない」 「そ?」 珍しいくらい穏やかな口調で云う空目を見つめ、武巳はそう冷えてもない指で懐炉を拾い上げた。 暖かい飲み物を両手に持っていた手は冷えるどころか暖まりすらしたが、武巳は空目の気遣いにも見える言動がただ嬉しいと思って、口許を綻ばせた。 「なんで笑う」 空目から受け取ったミルクティーをすすって、村神は武巳に云った。 ただ空目が懐炉を返却しただけだろうと村神の心情は冷め切っているが、武巳には余計な思い込みが付随しているのであろうことはなんとなくわかっていた。 空目はただいつも通り、そんなことには興味すらわかないような顔をして、返ってきたコップを受け取っていた。 「俺の乙女心を踏みにじる村神くんは嫌いですー」 あからさまにむっとした顔をして、武巳は舌を出した。 「オトメゴコロ」 まるで初めて聞いた単語のように村神は反芻すると、ふんと笑った。 「わーらーうーなァ」 憤慨したような表情で足をばたつかせると、武巳はコップを机の上にかつんと置いた。 「ふん、いいもーん。どうせ陛下といちゃついててご機嫌なんだろォ」 云って唇を尖らせた武巳をじっと見据えると、武巳は体を硬直させた。 「…」 空目は村神、武巳を順に見て、最後にもう一度村神を見ると、ミルクティーをのんびり口に含んだ。 「な、んだよ」 「別に」 「見るなよ」 「減るもんでもねェ」 「…へ、変態。いやいやいや、浮気だ!陛下が見てるぞ、ほらっ」 「云ってろ」 ごく自然に差し出されるミルクティーをこちらも自然に受け取って、村神はそれを舐めた。 不意に、武巳は不気味なほどにっこり笑った。 そして次に、標的を変えるように空目に視線を寄越した。 「…………?」 「手、」 「手?」 「手。暖めてもらったの、村神にさ?」 首を傾けると、武巳の柔らかい髪がさら、と流れた。 差し出された空目の手を撫でて、村神をちらりと見、また空目に視線を戻す。 「…」 「…」 表情をひとつも揺るがせずにいる空目と、机に肘をついててのひらに顔を乗せている武巳が、黙って対峙した。 村神は二人を交互に眺め、大きく息を吐く。 「黙秘」 空いた手で唇を撫でて、空目はぽつりと云った。 それがやけに思わせぶりに見えて、もっと他に云い方というものがあるだろうと村神は思った。 武巳は口をへの字に曲げて空目を見つめている。 「陛下に黙秘権はないよ、って云ったら?」 「大人しく従う義理はない、と云おう」 「力ずくでも、って云ったら」 「お前に出来るのか、それが?と、問うておく」 云って、空目は村神をちらりと見た。 見透かされているような目になんとなく反発したくなって、村神は言葉を返す。 「自惚れだ」 「そうか?」 空目は首を傾けた。 「で、出来るかもしれないじゃんか。俺だってやるときはやるぞ」 勘違いをしているらしい武巳は、やけに勇んでそう云った。 空目は友達であるし、しかもその脆弱さは周知の事実だ。そんな奴に手をあげられるかといえば、出来なくもないぞと多分武巳は云っているのだろうと、村神は思った。 だが空目が云いたかったのは、空目に手をあげようとしたらその前に村神に止められるだろうということだ。空目に何かしたければ村神を突破しなければならない。 それを村神は、自惚れだと云った。 だがきっと助けてしまうのだろう。武巳の拳を受け止めるまではしないかもしれないが、足を引っ掛けて転ばせるぐらいするかもしれない。 二人の頭の中に、武巳の空目を殴る度胸の有無や、武巳の性格、こんな話題で凶行に及ぶ馬鹿がどこにいるのかなどの考えは殆ど存在していない。 武巳とて空目とてどこかズレている。 「力ずくでどうにかなる空目じゃないぞ」 「いやァ。陛下に何かしたら自白する奴がいるかもしんないだろ」 「…俺かよ」 「さァねー」 そう云いはするが、この場にいる空目でも武巳でもない人物といえばもう一人しかいない。 明白なことにわざわざまわりくどい云いかたをされて、村神は是非受けて立ってやろうという気になった。 「きっと助けたくなるよ、村神は」 繋いだ指を絡め、腕を引っ張るとつられて空目は立ち上がった。 そのまま武巳に引っ張られて、空目は机の上に腰掛ける。 その空目の細い体に、武巳は抱き着いた。椅子に座っている武巳のちょうど目線の辺りにある腹に、まるで絡み付く蔓のように。 「…なに、してる」 こめかみの辺りに指を置き、村神は低く呟く。 「見ての通り」 すりすりと顔を押し付けて武巳は云う。 「…おい、空目」 「見ての通りだ」 「…………」 絶句して、大人しく甘んじている空目を眺めた。 何が目的だかもうよくわからなくなってきた。 力ずく、の意味もどうやら取り違えていたらしかった。 ズレていたのは村神も同じのようだ。 「もう知るかよ。お前で暖めてやれ」 背もたれに大きく身を預け、やけくそというかなげやりに呟いた。 「振られちゃうよォ村神?」 「云ってろ」 「助けてくれない村神は嫌いだってさ」 「云ってねェ」 「つまんないよー村神?」 ついに本音が出た武巳に溜め息をつくと、残っていたミルクティーを飲み干した。 「ヤキモチとかないわけ」 「餅は正月だけで充分だ」 「…人間じゃねェよ村神」 「宇宙人にでも見えるか」 なんとなく空の紙コップを丁寧にたたみながら、村神は適当に返事をした。 それを見て、武巳は空目を離して立ち上がった。 「こら紙コップをたたむな村神!十円!」 ここで武巳が云っているのは、紙コップをデポジットすれば十円が返ってくる仕組みのことだ。 みすみす十円を見捨てる気はない。 「…変えてこい」 差し出された折り畳まれた紙コップを受け取ると、武巳はむすっとした顔になった。 「…なんだ」 「妙なノリだよな、俺達」 「お前のせいだよ」 「…」 そう云われて、武巳は暫く天井のほうへ視線を這わせた後、のんびり口を開いた。 「そうかも」 ふふ、と穏やかに笑んだ武巳を不思議そうに眺める村神を逆に眺め、じゃあ行ってくる、と身を翻した。 変な奴だ。 とにかくそう思った。 ばたん、と比較的静かにドアを閉めて、武巳は出て行った。 「…おい、空目」 「…」 「おい。なに大人しく抱きつかせてる」 机に腰掛けて足を組んでいる空目は、ただぼんやりと村神に視線を寄越した。 「嫉妬か」 「あァ。人並みにそれくらいあるぜ、俺にも」 「正月だけじゃなかったのか」 「ごくたまには食いたくなるだろ、餅だって」 口の端を吊り上げて、村神は云う。自嘲のようだった。 ゆっくり立ち上がって、空目と向き合う。 空目は少し目線より高い位置ある顔を、のんびり見上げた。 「おい、…空目?」 呼びながら、片手で髪を梳き、そこへ口付けた。 「機嫌とりでもしたらいいのか?」 村神の手をとり、空目は軽口のような言葉を吐く。 指を絡めて、村神は答えた。 「…そうだな。そう、してくれ」 空いた手を村神の首に引っ掛けると、顔が近付くよう引き寄せた。 END ******************** すすすすみません。もう何書いてんのかわからん。 ええと、書き始めたのが11月で、書き終わったのが3月?ん? 途中他のものも考えたし、長い時間ほったらかしにもしたし、正直どう終らせればいいかよくわからくなってたし、うーんと。 いつもそうなんですが、話を導きたい方向に導けません。 この話はもっと単純で明るくて甘々で短く終わる筈だったのに。 武巳もちょい役の筈だったのに。 登場人物ってやっぱり、生きてます。私の思うとおりに動いてくれないの。 同人だろうと創作だろうとね。 久し振りの小説で、頭が鈍ってます。 リハビリですね、リハビリ。 2006.3.2 |