*  電話回線越しの戯言  *




















「独りで年越しとか寂しくないか?家来いよ。久し振りだし、親父もお袋も多分喜ぶぜ」
『…いや、』
「じゃあ料理適当に何か持って行こうか。ろくなもん食ってねェんだろ」
『やたら気にかけるな、毎年。…今年は特に』
「あー…悪いな。家神社のせいかも知れねェが…そういうの、すげェ大事にするからさ、親戚中が。年末も年初めも大勢でわいわいって決まってっから。…、あ?」
『…去年も聞いた気がするな』
「だよな?云った気、する」
『俺に構うな。親戚達だけだから騒げるんだろうに』
「んなの気にする連中じゃねェって。…痛ッ、何してんだよ、」
『……』
「悪い、叔父さんが酔ってて…、ちょ、叔父さん、痛いっつって…あァくそ!」
『取り込んでいるようなら切るが』
「も…もう大丈夫だ。酔って技かけてくんだあの人、」
『いつまでも電話していても何だろう。待っているんじゃないか?』
「待てっかな。好き勝手酔っ払って食って騒いでるだけと思うんだが」
『…お前もさっき云ったばかりだろう、』
「ん?」
『大事な、行事なんだろう?よそ者など招いている場合か』
「………気兼ねしてんのか?」
『そう聞こえるなら、それでもいい』
「じゃあそういうことにしとくけど」
『…まぁ、そういう訳だ、』
「わかった。とりあえず、料理だけ届けに行く」
『…村神、』
「寿司とか余ってんだ、結構。うちのお袋の料理も久し振りだろ」
『……好きにしろ』
「云われなくたってな」




















「酔って…いるのか?」
玄関の戸を開けて、ようこそなんて言葉より何より先に出たのがそれだった。
もともと空目にようこそなんて語彙はないのだが。
「あァ…酎ハイ2本くらい飲まされた。大人という大人が酔って子供に酒勧めてんだぜ。飲まねェと叔父さん本気で技かけてくっから…」
苦笑しながら、少し赤い顔をした村神は空目宅に上がり込んだ。
村神があんなにしつこく電話口で粘ったのも、やたら空目を構おうとするのもそのせいかと思った。
「んでさ、いらねェっつったんだけどまた酒持たされた。俺がいらなくてもお前が飲むだろ、みたいに押し切られて」
ごとん、と居間のテーブルに缶が数本入った袋を置くと、村神はどかりと腰を下ろした。
「飲まないなら飲まないで、俺が持って帰るからいいけど」
手際よくタッパーやらラップを張った皿やらを並べながら、村神はやたらぺらぺら喋った。
酒気が入ると饒舌になるタイプか、とぼんやり空目は考えながら村神を見ていた。
だが他に害はなさそうで、特に気にもならなかった。酒癖が悪いことはないらしい。
「…随分持ってきたな、料理」
「空目んとこ持ってくっつったら山程持たされてな。これでも大分置いてきたんだ」
村神がまだ皿を並べているのを気にも留めず、空目は箸でポテトサラダをつつき始めた。
「…帰らなくていいのか」
「お前が独りじゃ寂しいだろうから、明日になるまでに帰って来たら殺すっつって脅されたよ。悪いが、年明けるまで居着かせてもらうぞ」
「…そうか」
喜んで受け入れているのでも、嫌々返事をしているのでもないようだった。
まるで天気の話でもしたような返事だ。
膝立ちになって、隣でいそいそと皿を並べる村神を空目は少し見上げただけで、すぐにまた料理を眺めた。
「…」
「よし、準備出来た。食っていいぞ…ってもう食ってるな」
意外と手の早かった空目をあまり気に留めず、村神は取り皿を無視して料理の乗った皿から直接口に運んでいた。
「まだだったのか」
「少しだけ。神棚の掃除独りでやらされて、乾杯したとき少し食べたぐらいだ」
適当に雑談をし、たまに黙り、またぼちぼち雑談をして、とどちらかといえば静かに食事を終え、二人は片付けもそこそこにぼんやりテレビを眺めた。
料理の半分以上は、村神の口に入った。
空目は、とりあえず全ての品に箸を付けはしたようだったが、そんなに量は食べなかった。
だがそれが二人の食べる量の差の常で、気にすることなど何もなかった。
「…えーと、」
ぼそりと村神が呟く。
村神が付けた番組を何となく眺めたりしながら、あまり進まない読書をしていた空目は顔を上げた。
「今年一年、ありがとう」
目の前の男が柄にもないことを云い出し、それを見つめる。
「来年もよろしく」
「…あァ」
「って、云っとかないと気、済まなくってな。毎年うちではこうだから、……っていうのは、」
「聞いたことがあった気がする。2年くらい前か」
「…だよな」
「代わり映えしないな、毎年」
ぱたん、と穏やかに本を閉じて、空目が呟くように云った。
「…」
「…責めて云っている訳ではない」
「わかってる」
そっと返し、村神は空目の肩を抱き寄せた。
「形はいくら変わっても構わないから、…ずっと一緒にいられたらいいと、俺は思ってる」
「…」
「……、はは、駄目だな。酒が入って饒舌になってんだきっと、俺。…嘘を云ったつもりはねェんだが、な。流してくれ」
今更照れたようで、村神はぱっと手を離してしまった。
視線を外した村神を、気後れもなく空目は見た。
村神は大きい掌で顔を覆い、かと思えば頭を掻いて、テレビを眺めた。
「…」
かける言葉が見つからなかった、というよりかける言葉の見当があまりつかなかった空目も、ただ黙ってブラウン管を眺めた。
テレビ画面の中では最近よく見る俳優がいやに陽気にカウントダウンを始めていた。
「後少しで今年は終わる。一度しか云わないからよく聞け。そして日付が変わったら忘れろ」
「は、」
らしくない理不尽さのこもった言葉を、空目は突然云った。
「いいか」
「お、おぅ」
「今年もいろいろ世話になった。俺だけでは出来ないこともいろいろ出来たと思う」
「…」
慣れない言葉を聞いて肌が粟立ちそうになったが、とりあえず無言で先を促す。
だが促した先にはもっと聞き慣れない言葉が待っていた。
「『ありがとう』」
「え、」
「今年一年傍にいてくれた。だから、『ありがとう』」
「あ…、あァ」
「…傍にいるのが当たり前といつの間にか思っていた。だがそれが簡単に出来ることではないと気付いた。それが、今年得たもの」
「…」
らしくない口調に圧倒されながら、村神は頷いた。
「得たものの大きさは、実はまだよくわからない。云われて気付いた部分も、それと知っている言葉とを無理矢理結び付けて理解出来るよう歪曲してしまった部分も、多分にある。だが得るべきでないものではなかった筈だ」
こつん、と空目は村神の肩に頭を置いた。
「俺はそう思っていていいんだな………村神、」
確認するような口調だった。だが否定は許さないような口調でもあった。
自分の認識を根底から覆されるのを拒んでいるような気がした。
「…」
危うい均衡を保っているその薄い体を抱き寄せると、村神は柔らかい髪に頬をうずめた。
「…」
「……」
「…村神」
「……は、」
「日付が変わった」
空目が村神の体を押しやった。
一段とテレビの音が騒がしくなって、そちらに目を遣ると確かに日付が変わってしまっていた。
「な、んて奴、」
「約束したろう」
「そうだが、」
云いかけたところで電話が鳴った。
空目はそちらを見たが、見ただけだった。
取る気は毛頭ないらしい。
「…もしもし」
そんなことだろうと村神は腰を上げ、受話器を乱暴に取る。
『あんだよ、なんでお前が出る』
「叔父さ、」
『明けましておめでとう。ほらお前とは挨拶済んだからさっさと恭一君を出しなさい』
「…はいはい」
あからさまな落胆と共に機械的な叔父の挨拶に適当な返事をすると、空目に受話器を手渡して隣にまた腰を下ろした。
『おめでとう、恭一君。うちの馬鹿と今年もよろしくしてやってくれ』
「…はい、」
『たまには遊びに来い。また顔見せてくれないと寂しいから。な?』
「はい。今度また近いうちに」
社交辞令なのか本気なのかわかりづらい冗談なのか区別がつかなかったが、とりあえず空目の受け答えを聞きながら村神はチャンネルを回した。
叔父の声はやたら大きく、云っていることはしっかり村神にも聞こえていた。
『初詣もうち来たらどうだ?どうせ俊也と一緒で人込みあんま好かねェんだろ。形だけでいいならうちんとこ来るといい』
「はい、」
空目がちらりと村神を見る。
「そうさせてもらいます」
「オイ待てよ、」
『餅沢山焼いて待ってっから食いに来い。お節もさ。二人でしょぼしょぼ食うもんじゃねェよ、正月は』
「…、」
『って俊也にも云っといてくれ。恭一君連れてこなかったら殺すとも。じゃあ…おやすみ。良いお年を』
「良いお年を」
叔父は殆ど一方的に約束を取り決めると、会話を打ち切ってしまった。
慇懃無礼を振り撒いて、空目は机に受話器を置いた。
愛想などという可愛らしいものではなくただの礼儀だとわかっているが、閉口してしまう。
「ということだが」
「二つ返事でお前、」
「世話になる」
「…」
頬に触れ、空目の顔をこちらに向かせた。
「明けましておめでとう」
「…、」
「云ったろ。年末年始の挨拶は絶対だと」
続けて、前髪を掻き分けて額へキスを送る。
「これは…挨拶の内ではないだろう」
「細かいことは気にしたらいけない。酔っ払いが相手だぜ」
少し長めの口付けを落とし、熱のこもってきた瞳で空目を見下ろすが、空目は平生と変わらなかった。
「お前似ているな」
「叔父さんと?」
「自覚があったか」
「今思った」
理解不能な理不尽さがたまに自分の中から湧いて出てくるのを村神は知っていて、それが叔父のものとなんとなく似ているのも知っていた。
空目が目を閉じた。
「観念したか」
「享受だ」
「受入?」
「妥協」
もう一度口付けようと顔を寄せたがやめ、村神がその大きい掌で頭を撫でてやると、空目は目を開いた。
「年始まって早々不毛なことはしたくねェな」
「野暮だと思わないか」
ぽつりと云うと、背筋をぴんと伸ばし、村神と唇を合わせた。
「…、」
「もう寝るぞ」
事もなげに空目は云うと、立ち上がった。
「…」
村神の返事など待たず、空目はさっさと部屋から出ていってしまった。
「…野暮だと、思わせてるのは…誰だと思ってる」
呟いて、村神はテレビを消し、電気も消して、居間を出た。




















END




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年末年始の意味不明文。
大晦日に書き始めたのに書き終わったらもう年変わってたとかいう素敵な悲劇。
そしてキャラ崩壊とかいう。人違っちゃってるよ!爆




2006.1.1