重力加速度に従ってどんどん堕ちていけるとしたら。




多分自分で首を絞めて死にたくなる。




















*  螺旋階段中毒  *




















物語的で抽象的だが、堕ちていけるなら螺旋階段のような感じがいいと思う。

誰にでも公平な重力になど一体誰が縋るだろう。

公平さを欠いたものにだけ興味を示すこの世界で。




「んじゃ、帰るわ」
「…、そうか?」
空目の云い方に含みがあり、村神は一度立ち上がるタイミングを逃した。
「…何だ?」
「何がだ?」
素直に聞いてみたら逆に聞き返されて、村神はやはりいつもの空目だと思い直し、立ち上がった。
そのまま玄関へは向かわず、近くの窓に歩み寄った。
「やべぇな…雨、降ってきてる」
「傘を貸そうか」
「あぁ、悪いが」
窓の外に視線を遣ったまま返事をすると、空目が村神の鞄を持って近くへ寄った。
「今から帰るなら早くしたほうがいい。多分ひどくなる」
「そだな。ありがと」
鞄を受け取り、そのまま鞄を持っていた空目の手を引いて軽く抱き寄せた。
空目は大人しく村神の腕の中に収まる。
「…何だ」
「挨拶みたいなもん」
名残惜しそうに腕を解くと、村神は見を翻して玄関へ向かった。
「じゃーな。また明日」
「あぁ」
無表情で見送りをしてくれる空目を背にして、村神は玄関を出た。












階段を一段ずつ下りるように、自分の足で一歩一歩踏み締めながら、堕ちていけたら。

それがどれだけ素敵なことか。

そしてそれがどれだけ自分を苦しめることか。

これ程魅力的で自堕落的なことは他にあるだろうか。












「う…空目っ」
ばたん、と乱暴にドアを開ける音が聞こえたかと思ったら、続けて情けない声が飛んで来た。
用意していたバスタオルを掴んで、空目は玄関に向かった。
「…早かったな」
「あ?」
「戻ってくると思っていた」
云いながら、傘を持っていた筈なのに何故か濡れている村神にタオルを渡す。
「…予知?」
「出来るか」
「いやぁお前ならしそうだと思って…」
「予測の間違いだ。…風呂を沸かすか」
「や、いい。シャワーで」
靴下を脱ぎ、制服のズボンをたくし上げている村神から、こちらも濡れてしまっている鞄を受け取ると、空目は一度居間に消えた後今度は脱衣所へ向かった。
村神も、床を濡らさないように慎重に歩いて脱衣所へ行く。
「…最悪だ」
「まるで捨て犬だな」
「そーかよ」
適当に返事しながら、村神は脱いだブレザーとネクタイを空目に渡した。
「傘を貸しただろうが」
「…そこの小道で、でかいトラックに派手に水撥ねられた」
「そうか」
呆れるでもなく同情するでもなく、空目はその返答を聞くとそのまま脱衣所を出ていってしまった。
村神もそんなものは期待していないので、濡れて体に張り付く服を脱ぎ下着を脱ぎ、浴室へ消えた。












村神がシャワーを終え脱衣所へ上がってみると、そこには村神の下着やらシャツやらが積んであった。
失くしたと思っていたこのスウェットのズボンはここに置きっぱなしにしていたのか、とか何とか考えながらそれらに腕を通し、足を通した。
「…悪いな、空目」
居間に行くと、先程渡したブレザーとネクタイがハンガーにぶら下がっていた。
シャワーを浴びているうちに取りに来たのであろうズボンも。
空目は村神の鞄の中から教科書やらを引っ張り出しているところらしかった。
「教科書は無事か?」
「あぁ、大体は。角が濡れているのが数冊あるが」
云って、空目は村神のほうへ化学と現代文の教科書を寄越した。
空目の云うとおり角が湿っていて、そこだけ妙に厚さが増していた。
「入れてるとこが悪かったんだな…。悪ぃ、ありがと」
「あぁ」
空目から濡れている鞄を受け取ると、それも上手くハンガーに引っ掛けて、制服に並べて吊した。
「…俺は雨男か?」
呟くように云いながら、村神はソファに深く腰掛けた。
「出る前から降っていた」
と、冷たく云い放つ空目。
「でもさ、まさか傘さしてんのにあんな濡れるなんて思ってなかったから油断した」
「…」
風邪を引くなどという心配などお互い全くしていないので、頭からずぶ濡れになったのにも関わらずかなり楽天的である。
こうなったのが空目であれば状況は変わるが。
空目に、村神ほどの頑健さはない。
「…あーあァ。今日は帰れねぇのかな」
村神がぽつりと云った。
雨は先程より酷くなっていた。
雨雲もやたらと立ち込めていて、外は薄暗い。
近所なので、頑張れば帰れないこともない気がするのだが、今さっきずぶ濡れにされて戻って来たばかりなので頑張る気も失せていた。
「…もう少し、しっかりあったまってくればよかったか」
云いながら、村神は空目に擦り寄った。
「俺はいつからお前の懐炉になった」
「…いいだろ?」
囁いて、思い切り抱き付いた。
相変わらず空目の体は細くて骨張っていて、抱き心地はあまり良いとは云えない。
が、悪くもない。
気分の問題だろうと自分でもわかっているから、現金だなぁなんて悠長に考えてしまうのだが。
髪に顔をうずめてみたら思いの外心地良くて、村神は目を瞑った。
「…寝るなよ」
このまま寝られたら重くてかなわん、といわんばかりである。
「ん」
すり、と顔を擦りつけたら、空目は村神を全く無視したかのように読書を始めた。
「…おい、空目」
「何だ?」
顔を上げずに空目は返事をする。
その顔をこちらに向かせて、村神は口付けた。
「邪魔だ」
云って、空目は村神の顔を追い払う。
「な、」
「読めん」
ぐい、と村神の顔を押しやると、また空目は読書に戻った。
恨みがましく村神が見つめるのも気にしないで、空目はまた凄い早さで文字列を目で追っていた。
「……」
こうも無下にされると更につっかかりたくなるというもので。
それは空目にもわかっていた筈なのだ。
何故なら前例があるから。
村神は空目の手から本を抜きさると、そのせいでこちらを向いた顔に口付けた。
啄むようなキスに空目が身をよじると、その体を半ば強引に抱き寄せて、後頭部を手で支えた。
「ん…ッ、」
長く口付けた後、一度離れてからまた唇を寄せ、今度は歯列を割って中に侵入した。
抵抗はないが歓迎されている訳でもなく、舌を絡めてもそれに応えるものはなかった。
そのまま体重をかけていくと、既に村神の手によって支えを失っている空目の体は容易に組み敷くことが出来た。
「ん、ん…ッ、むら、かみ、」
村神のシャツを掴んで、空目は小さく声を上げた。
はっとして、村神は唇を離した。
「悪い、空目…」
普段の運動量や体力が違えば、肺活量も勿論違う。
夢中になって忘れかけていたが、空目と自分とでは当然空目のほうが先に息が上がってしまうことはわかっていた筈だった。
「悪い…」
もう一度謝って、空目の頭を胸に抱いた。
「…謝るな。謝ることなどしていないだろう、まだ」
慰めでもなだめているのでもないような声が、腕の中から聞こえた。
冗談でも云っているようにも聞こえたが笑うことは出来なかった。
「……悪い」
「そんなに謝っていると、お前は本当に悪いことばかりしているみたいだな」
「…え?」
「良いことも悪いことも所詮そんなものだということだ。悪事を行っても礼を云われれば良くなるだろうし、良いことをしたつもりでも罵られれば悪くなる」
「…」
少し体を起こして、村神は空目の顔を覗き込んだ。
「俺は謝られるようなことをされた覚えはない」
空目は視線を逸らした。
照れてでもいるのだろうか、と少し思った。
まさか空目が、と思うが、もしそうなら何だか可愛いな、とも思ってしまう。
きっともう自分は末期だ。
空目が云うことは何でも正しく思えてくるし、触れるとそこからじん、と欲求が広がって、もっと触れたいと思うようになる。
何より、自分でも異常だと思える程空目に執着している。
大切にしたいと思う半面、自分の手で乱れるだけ乱してやりたいとも思う。
「…新しい持論か?」
「こんなもの持論の内に入らん。睦言で充分だ」
「はは、そーかよ」
笑って、村神は空目の額にかかった髪をかきあげ、そっと唇を寄せた。
「…ここまできてやめんのはただの甲斐性無しだな」
「今まで何度もあったがな」
「…うっせ」
云いながら、村神はする、と空目の脇腹に手を這わせた。
きゅっと村神のシャツを掴んでいる手に力が入る。
「泣いてもやめねぇぞ」
「…そうか」
云ってからなにがしかの思考にぶち当たったようで、手は進めながら村神は続けて云った。
「……本当に泣くなよ」
「さぁな」
「お前も泣くことあんのか」
「感情が伴わないなら、多分」
「…それでもあんま考えらんねぇな」
「なら泣かせてみるか?」
村神はしばし絶句した。
今物凄い、最大の殺し文句を云われたような気がする。
頭の中で反芻することすらままならなかった。
軽くめまいがしたような気分だった。
「…上等だ」
やっとそれだけ云い返すと、村神は今一度口付けを交わし、主導権を握っているのは自分なのだということを再確認しようとした。




















「ぅ…、く…ッ」
流れる汗も精液も交じり合って、ひとつになれるような感覚が、錯覚が起こっていた。
背徳的だが、咎める者さえいなければ何の障害もなく、どこまででも堕ちていける気がする。
ゆっくりと、そうまるで螺旋階段のような。
誰にでも平等な重力になんか、従う気はない。
「大丈夫か、空目…、」
大分呼吸も乱れてきた。
着衣は更に乱れ、鼓動もとっくに走り出していた。
「…、…」
声にならない声が、聞こえた。
「…ん?」
そっと聞き返し、耳を寄せてやった。
そうしてやっと届いた空目の声に、村神は頷いた。
「…ならいい。…力、抜いて…楽にしてろ」
髪を撫で、額を撫で、出来るだけ優しく触れてやった。
空目の体の奥に自身を埋め込んでから暫く経っているが、まだあまり身動きが取れないでいる。
性急に事を進めたら、空目は壊れてしまうのではないかと思った。
今まで自分が大事に守ってきたのに、その自分が空目を傷つけては目も当てられない。
そんな使命感というのは大義名分だと自分でもわかってはいるのだが。
「…ん。よし、そうだ。あんま息詰めんなよ…?」
云い聞かせるように云うと、聞いているんだかいないんだかもよくわからない空目に軽く口付け、腰を進めた。
「…ぁ、ん…ッ、ん…っ」
ぎち、と初めは厭な音がしていた入口も、徐々に村神の先走りなどで湿ってきていて、初めに比べると大分滑らかになっていた。
狭い中は、村神の侵入を押し返しているようにも思えたが、固く掴んで離さないような気もして、どちらだろうな、と村神を無駄に惑わせた。
「…く、…」
空目の呼吸に合わせて、体を揺さ振った。
空目から上手く合わせるなんて出来ないだろうし、まずさせる気もない。
いくらか気を遣い、あれこれ考えながらの行為だが、目の前の快楽を見失うことだけは決してなかった。
それ程にこの波は大きく、いとも簡単に村神を飲み込んでしまうのだった。
だが流されてはいけない。
決して。
「…空、目…っ」
譫言のように何度か呼ぶと、村神の下から細い手が伸びてきた。
今更動きを緩める余裕もなく、村神はその手と空目の顔とを交互に見つめていた。
「…、…むら、かみ」
その手は村神の頬を流れる汗を拭い、村神の顔の形でも確かめるかのように触れた後、髪にまで辿り着いた。
「…こーしてろ」
頭をぐ、と近付け、その手を自分の首に回させると、村神は一層強く空目を責め立てた。
「ぁ……ッ、ん、く……ッ、」
空目の眉根が寄ったのが気になって、村神はそこへ口付けた。
そのまま頭を抱いてやり、自分の胸のほうへ抱き寄せた。
絶頂が近くなり、外で出そうと僅かに動きを変えたのを察知したのか、空目の腕に僅かに力がこもった。
平気だ、と一言。
村神は逡巡したが低徊しているゆとりもなく、わかった、とだけ返して、暫く後に中で達した。
空目も程なく爆ぜた。
その後も時間を忘れて行為は続き、最後のほうは不思議とじゃれ合うような戯れに変わっていた。




















目を開けたら、目の前に村神の顔があった。
いつの間にやらベットで寝ていたが気にしなかった。
自分で歩いた記憶はなかったので、きっと村神が運んだのだろう。
体もきれいになっていて、することもなかった。
この調子だと、きっと昨日事に及んだソファもきれいになっているだろうし、脱ぎ散らかした服も片付いているに違いなかった。
日に焼けて浅黒い腕が自分に巻きついていてすこし重たかったが、気にしないでおいた。
自分の肌と村神の肌との色の対比が随分違っていた。
体も一回り村神のほうが大きい。
村神に守られているという、確かな自信が空目にはあった。
口に出してそんな約束をした覚えはないが、いつの間にかそれが当たり前のようになっていたし、それで二人の生活もスタンスも成り立っているのだと思っていた。
不意にぐ、と抱き寄せられて素肌が直に触れ合う。
「…はよ」
掠れた声で、ぽつりと。
「…あぁ」
こちらも声が掠れていた。
「…大丈夫か、体」
「なんとかな」
「…悪いな」
「合意の上でのことだ」
やはり慰めなどではなく、ただ誤解を解こうとでもするような口調だった。
「…腹減ったなー」
村神が呟く。
下手な話題転換だった。
「朝飯何食いたい」
「…何でも良い」
どうせ和食に決まっているし、朝食に出せるような軽目のメニューなどたかが知れている。
村神の作る以外、和食にはあまり馴染みのない空目にとっては食べられれば何でもよかったし、大体村神のレパートリーだってそんなに豊富ではない。
「目玉焼きと卵焼きとゆで卵どれが良い」
「…卵焼き」
「じゃ、味噌汁の具」
「豆腐もわかめもないからな」
「げ。じゃあ油揚げは?」
「あったと思うが」
「キャベツは?」
「ある」
こうやってたまに、村神は空目に卵の調理法と味噌汁の具を選ばせる。
味噌汁はよく、あれがあるがこれはない、というような食材の話になって、結局村神が決めてしまうことも多かったのだが。
「…飯炊かねぇとな」
そう云うのだが、村神はあまり動き出す気配がなかった。
「あんま起きたくねぇな…」
空目とまだくっついていたい、とか何とか本音はとりあえず隠して。
「何を云っている」
「だよなァ。…うし、起きるか」
やっと決心のついたらしい村神が体を起こした。
「お前はまだのんびりしてろ。出来たら起こしにきてやるからもう少し寝てたらいいよ」
ベットから抜け出しながら云うと、村神は最後に空目の髪を撫で、用意していたらしい服に腕を通して、寝室を出た。
取り残された空目はひとり、仰向けに寝転がって目を瞑った。
眠れそうな気はしなかった。
ややあって、米をとぎ始めた音が聞こえた。
「…村神、」
今更だが、外がよく晴れているのに気がついた。
「……村、神」




















自分の足で、どこまでも堕ちていけたなら。




















END




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似非シリアス。
もう駄目子。
色っぽくないえろが書きたかった。謎




2005.8.31