目が覚めたとき、空目は俺の腕の中で静かに眠っていた。


まだずっとこうしていたいと思ったが、時計が8時を回っていたので、仕方ないのでそっと体を起こす。


いつまでも裸でいては体を壊してしまうかもしれないし、何かと目にも毒なので、昨晩脱ぎ捨てた自分の白いトレーナーを空目に着せてみた。
















*  怠惰  *
















洗面所で顔を洗い、寝癖を直してから着替え、台所で炊飯器の中身を確かめてから村神は寝室に戻った。
空目はまだ横にはなっていたが、目を覚ましてはいるようだ。
「…はよ」
「あぁ」
いつの間にか自分が着ているトレーナーが気になるようで、空目の視線はそちらへ向いていた。
いつの間にか着ていたことより、この白という色が気になるようだ。
「大丈夫か」
「……あぁ」
ベットの脇に座って問い掛けてみると、トレーナーについての思考はもう放り出したらしい空目はのんびり返事をしていた。
「…さてと。朝飯作ってくる。すぐ出来るから早く起きてこいよ」
「…わかった」
気怠げな、掠れた返事を聞くと、村神はまたすぐに立ち上がって台所へ消えた。












「今日天気良いな。…布団干そうか」
「…」
村神が云うと、味噌汁に口を付けていた空目は黙って頷いた。
空目に和食はあまり似合っていないと、この期に及んでまだ村神は思っていた。
人間に本来あるべき生理現象を全て無視して空目という人物は生きていると、武巳なんかは疑いもなく確信していそうなものだが、幼なじみの自分でさえ近いことを考えているのだからそれも仕方ないと思う。
だが、いくら和食が似合わないといっても、自分は朝は和食派で、朝食が和食であることに空目は文句など云わないし、似合わないなんていう理由で和食をやめるのも馬鹿馬鹿しかったのでずっとこのままだ。
「……」
向かいで目玉焼きを箸でつついている空目を、村神は黙って見つめた。
空目はまだ先程のトレーナーを着ていた。
てっきり、すぐに脱ぎ捨てて自分の服に着替えるのだと思っていたので意外だった。
色の他にもサイズの違いなどといった諸所の事情がある。
村神の服は、空目には大きすぎた。
身長のこともあるが、とにかく村神でさえ少し大きいと感じていたその服を着た空目はいつもの痩身が更に引き立つようで、脆い存在にさえ思えた。
だがやはり白い服を着た空目というのが新鮮で、思考はそこへ落ち着いた。
「……何だ」
「え?」
「先程からずっと見ている」
「あ…、あァ、ごめん」
袖を捲くっているのだが大きすぎるためにずり下がってくるのを僅かに欝陶しそうにまた捲くりながら、空目は云った。
トレーナーの合っていない肩の線に目をやってから、村神は笑顔を作った。
「何でもね。…目玉焼きじゃなくて卵焼きにすればよかったかと考えてただけだ」
「…そうか」
村神が適当なことを云ってごまかすと、空目は半信半疑な顔で返事をし、だがどうでもよかったようでまた食事に戻った。
醤油を飛ばさないでくれるといいな、と村神はぼんやり考えた。












シーツを洗面所で軽く洗ってから、洗濯機に放り込んだ。
昨日ベットの上でしたことがしたことだったので、そのまま他の洗濯物と洗ってしまうのは気が引けた。
シーツの上から昨日着ていたカッターシャツや、先程まで空目に着せていたトレーナーなどいろいろ放り入れた。
何日分もたまっていたので、かなりの量があった。
洗剤と柔軟剤を適当に入れてしまうと後はスイッチを押し、寝室に向かった。
「空目?」
行ってみると、そこでは空目がベットで横になっていた。
村神が呼ぶと、空目は僅かに身じろぐ。
「体つらいのか?」
「…いや。何でもない」
それでも怠そうに体を起こしながら、空目は村神を見た。
「俺がやるからお前は休んでろ」
「平気だ」
「何云ってんだ。俺の…せいなんだろ」
「…平気だと云っている」
村神は、照れる自分を気持ち悪いと思ったが、それでも自分のせいなので口に出さない訳にもいかず、こうなってしまっている。
「…いいから。俺が運ぶ」
村神が布団を畳んで持ち上げると、空目も枕を持った。
「……」
もう止める気も失せて、村神の後をついて歩いてくる空目を黙認することにした。
2階のベランダに干すと、2人はすぐに1階に戻り、今度は掃除機をかけ、皿洗いをし、洗濯物を干しにまた2階へ上った。
全部終わる頃にはもう11時を回っていた。
2人で分担してやればもっと早く終わったのだろうが、それが出来るのであれば週末に村神がわざわざ他人の家まで来て家事をする必要はなかった。
空目は常に、村神の手伝いを少しするだけだった。
空目に家事は似合わない、と村神は常々思っていた。
なら一体何が似合うんだ、といえば黒い服とかオカルトだとかであって、生活感というものとは全くの無縁だった。
いつだったか亜紀が云っていた。
恭の字は、そういう意味ではきっと村神がいないと生きていけないね、と。
そのときは馬鹿云え、と返したが、内心ではそうに違いないと確信していた。












「昼何食いたい?」
冷蔵庫を覗きながら村神が、いつの間にか視界から消えていた空目に大声で云った。
「そうだな…温かいものがいい」
空目の書閣と化している父親の書斎から出てきた空目が、のんびり答えた。
「うどんとかどうだ」
「そうだな」
答えながら、空目は丼の入っている戸棚を開けた。
そこへ村神がやって来て、丼を取る。
「あ、ネギあったか」
「あったと思うが」
「七味は…」
「この間買ったばかりだ」
買い物には大体一緒に行くのだが、村神はすぐに買ったものを忘れてしまう。
記憶力には人一倍の自信を誇る空目が、それをカバーしていた。
食器についてもそうだ。
背の高い食器棚の中の配置を覚えるのは空目の役目で、実際中を弄るのは村神の役目だった。
村神が時計を見ると、11時半頃になっていた。
まだなんとなく早い気がして、居間に引っ込むことにした。
「……」
随分と色気のないことを自分たちはしているな、と村神は思った。
週末は大体こうして会っているが、やっているのは炊事や洗濯ばかりだ。
昨日のように、学校が終わってからこの家に直行し、やはり家事をやった後に事に及ぶことも多々あったが、もっと別のこともないだろうか、とか何とか。
具体的に何かと云われても答えられないのだが。
でも、コイビトらしいと云える何かがほしいと思ってしまう。
「……」
ソファの少し離れて隣に座った空目を見つめた。
珍しくぼんやりしていた空目と、あっさり目が合う。
「何だ?」
穏やかに聞かれて、村神は空目に擦り寄った。
「…何でもね。うどんの具を考えてただけだ」
「……」
またごまかされたのをわかっているようで、空目の眉根が少し寄った。
「…お前のこと考えてたんだよ」
歯が浮く、と自分で思いながらも、村神はそのまま空目に口付けた。
「…随分と暇なんだな」
何事もなかったかのように、空目は云う。
「暇じゃなきゃこんなとこまできてお前の為に家事なんかしねぇよ」
自嘲気味に云いながら、村神はもう一度口付けた。
あっさり舌を滑り込ませ、空目の舌を追った。
逃げもしないそれはあっさり捕えられ、絡めとられてしまった。
「ン、ん……、」
徐々に体を倒し、村神はソファの上で空目に覆いかぶさった。
最後に唇を舐め上げてから顔を離すと、空目の視線が横へ逸れた。
恥ずかしいから目を逸らすなんてことはしない空目だが、村神は気にせずに首筋にキスを落とした。
「村、神…、」
譫言のように空目が呼んだ。
「…ん?どうした?」
シャツの下から手を差し込んだら、空目の体が一瞬強張った。
首筋にそのまま舌を這わせる。
その村神を、空目が少し押し返した。
「待……っ、村神、」
空目が少し強い調子で村神を呼ぶと、村神ははっとして顔を上げた。
空目が拒否を示すようなことを云ったのは今まで皆無に等しかった。
「ご、ごめん」
村神はぱっと体を離した。
「…外」
「外?」
空目がぽつりと云うので、村神は素直に外を見た。
雨が降っていた。
瞬間、弾かれたように立ち上がる。
「布団!洗濯物も!」
そのままどたどたと階段を駆け上がると、急いで布団やらを取り込んだ。
「さっきまであんなに晴れてたのに…」
白昼堂々いかがわしいことなんかしようとしたから罰が当たったのだろうか、と思った。
「散々だな」
あとからのんびりやってきた空目が、湿った布団を触りながら云った。
「洗濯物は中に干しゃ済むけど布団はなー…」
シーツも一体室内のどこに干せるんだろうと思った。
「…風呂場に干せるか?」
「物干し竿が壊れている」
「仕方ねェ。細長く畳んでハンガーにでもかけるか…」
湿った布団を肩に担ぎ、洗濯物の殆どを持つと、あと残り少しを空目に任せて村神は階段を下りた。
空目がついてくる気配はなかったが気にしなかった。
一先ず洗濯物はソファに積んで、村神はまだ下りてこない空目の様子を見に行こうしたが、あと階段を4段ほど残したところまできていた。
「空目」
「……っ」
村神が呼んで空目が顔を上げると、その拍子につまずいたらしい空目の体が傾いだ。
「…っと、」
村神がそれを抱き留めると、洗濯物が数枚床に落ちた。
「…ごめん」
村神が謝った。
そして、腕の中にある細い体をぎゅっと抱き締めた。
だから家事をしてやらなくてはという気になるんだろうな、と思った。
こんな調子で危なっかしいから。
村神はそのまま空目を横抱きにして、落ちた洗濯物もぽいぽいと空目の上に乗せた。
「村神?」
「やっぱ大人しく座らしときゃよかったんだよな。お前に家事は似合わねぇ」
「…」
ソファの、洗濯物を積んだ隣に空目を座らせた。
村神はその正面に膝立ちで視線を合わせようとする。
「…その為に俺が来てんだから。」
云い聞かせるように云うと、空目の眉根が少し寄った。
「村神」
「ん?………ッ!?」
不意に空目が口付けた。
「下心を持って、か?だとしたらたいしたボランティアだ」
「…空、目」
顔は近いままで云うと、吐息がかかって村神は顔が赤くなるのを感じた。
「…残念だがあんま善良なボランティアじゃねーからな。手がかかる分報酬も欲しいわけ」
云って笑って見せてからもう一度唇を合わせた。
どちらから口付けたのなんかわからなかったが、すぐにどうでもよくなった。




















END




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妙な話だよ…。笑
いきなり武巳から空目の携帯に電話がかかってきて、村神が出て今の状況説明したら、馬鹿じゃんお前何新婚さんみたいなことしてんだよォとか云われちゃうエピソードがあった筈なのですが。
使いたかったのに、流れに任せて書いてたらいつの間にか入る余地がなくなってた、とかいう・・・。笑