いつもは表情を湛えないその目が情欲に濡れたり




俺の一挙一動にいちいち反応したり




それを喜んでいる自分を本当に軽蔑したりはしないのだろうか
















*  そこに在るべき独占欲  *
















「…?」
部室に足を踏み入れてまず、村神俊也は周りを見回した。
「…空目、と…」
長机の中央で、肘をついて静かに眠る空目恭一の真横には、顔は見えないがこれはもう見間違える筈もなく、近藤武巳が突っ伏して眠っていた。
「……?」
他に人はいない。
あやめがいないことが何だか不思議にも思われたが、村神にとってあれの存在は、正直なところどうでもよかった。
どうしてこういう状況が出来上がったのか想像出来なくもなかったが、考えるのも面倒だったのでさっさと思考は放り出して、代わりに部屋の隅からパイプ椅子を引っ張り出した。
そこへどかりと座り、鞄をあさる。
たまにはと思って図書館へ行って、借りてきた本が数冊出てきた。
中には、空目に頼まれていたものもある。
自分で読みたくて借りてきた本より、そちらを読もうと思って、村神は他の本を鞄に戻した。
空目が起きた時点で手放してしまうものだから、なんとなく読みたくなったのだ。
自分の為に借りてきたものなら後でも読める、と。
空目の性質を知っているので、どんな本を読みたがるのか興味を持った、なんてことは有り得ない。
どうせ、オカルト関係の本なのだ。
それがわかっている上で、村神はその本の頁を繰った。
少しでも空目の思考を理解したいが為に。
「…」
数頁読み進めたところで、少し顔を上げた。
空目も武巳も穏やかに眠っている。
そろそろ誰か来ても良さそうなものだが、その気配はなかった。
「……」
村神は黙って椅子から立ち上がった。
静かに椅子を運び、空目の隣まで来るとまた静かに座る。
空目も武巳も起きる様子はなく、村神はほっと息をついた。
そして暫く空目の寝顔を眺めてみる。
「…黙ってれば、なかなか…」
村神は呟いた。
黙っていればなかなかキレイな顔立ちで女子の人気も集めるんだろうに。
続く筈だった言葉はこうである。
普段この人物はあの目付きの悪さときつい言動、その能力などその他諸々のせいで、自分を含めた取り巻き以外を一切寄せ付けないオーラを放っている。
だがそれでも好きだった。
凄い能力を発揮する割に自分にふりかかる危険には無頓着で、その危うさに惹かれているのかもしれなかったが、それでもよかった。
だが今こうしている空目を見ると、只の居眠りしている男子高校生にしか見えなくて、村神は少し笑った。
眠っていても尚オーラを放っているだとか、そんな奴がいるものかと思う。
普段魔王陛下と呼んでいる人物は、意外にも普通の人間だったんだぞ、とその隣で寝ている武巳に云ってやりたくなった。
だがその半面、こんな空目の素顔を知るのは自分一人で充分だという考えも頭を過ぎる。
村神は、自分の中に在る独占欲もきちんと理解していた。
読書に戻ろう、と村神は思った。
暫く経つと、目を覚ましたらしい空目がゆっくりと顔を上げた。
「……」
「…居眠りか」
寝ぼけているのか何か知らないが、ぼーっとしている空目に、村神は静かに話し掛けた。
またゆっくり、空目は村神に視線を送る。
「…あぁ。読書している、うちに」
いつもより少し低い、掠れた声でそうぽつりと呟くと、目の前で開きっぱなしになっていた本を閉じた。
「ところで」
「ん」
空目の視線が移った。
それに合わせて、村神も空目の視線の先を追う。
「…何故近藤までここで寝ている?」
「さぁ。俺が来たときはもうお前ら二人とも寝てたしな」
ということは、武巳は空目が寝ている間にここへ来たことになる。
途中で投げ出したあの予想はなんだか当たりそうだな、と村神は思った。
「まぁいい」
「だな」
短く返事をして、村神は立ち上がった。
そして空目の前に本を置いて、云う。
「それ、頼まれてた本」
「あぁ…すまないな、こんなに早く」
珍しい労いの言葉に、村神は微笑んだ。
「まぁすることもなかったしな。…何か飲み物買ってくる。お前もいるか?」
「頼む」
「ん」
ズボンのポケットに小銭がいくらか入っていた気がするな、と思いながら村神は部室を出ると、丁度出たところで稜子と出くわした。
「…日下部、」
「あ、村神クン。どっか行くの?」
「購買まで」
「ふーん。いってらっしゃーい」
そうやって少しだけ会話を交わしてから、村神はぼんやりと廊下を歩きながら購買へ向かった。












渡せば何でも飲みそうな空目にはとりあえず、カフェオレを買った。
あの折れそうな体を見ていると牛乳でも買い与えてやりたくなるのだが、流石にそれは自粛していた。
自分にはオレンジジュースを買った。
「ほらよ」
「すまんな」
「いーなーカフェオレ」
いつの間にか目を覚ましていた武巳が、空目の手の中にあるものを恨めしそうに眺めながら呟いていた。
空目はそれを無視しながらストローの袋を開けている。
「…」
「村神クンてそーゆーの飲むんだね」
空目と武巳のやり取りを横目で見ながら先程のパイプ椅子に腰を下ろすと、稜子が武巳を押し退けながら言ってきた。
「どーゆー意味だ」
「村神クンにオレンジジュースって、なんか可愛いなぁと思って」
「何で俺の分も買ってきてくんないんだよー村神ー」
「知るか」
先程から無駄に欝陶しいオーラを放ち続けている近藤を一蹴し、オレンジジュースに口をつけた。
鞄の中から本を引っ張り出して、また読書にでも耽ろうかと考えているうちに、目の前の稜子と武巳は二三やり取りを交わしたようで、やはり武巳は欝陶しがられていた。
「もー、今日の武巳クンいつにも増して変ー」
「いつにも増してって何だよ。……お」
「どうしたの?」
急に興味の逸れたらしい武巳を訝って稜子は聞いてみたが、返答はなかった。
「もーらいっ」
「…」
「武巳クン?」
いきなり武巳は空目のほうに、もとい机の上に置いてあるカフェオレに勢いよく手を伸ばし、それを掠め取ってしまった。
勿論空目はそれをふせごうともしなければ、取り返そうともしない。
「油断大敵だぜー」
それでも満足そうに武巳はカフェオレを美味しく頂いていた。
「近藤…」
一部始終を見ていた村神は、呆れた様子で名を呟いた。
黙ってはいるが、稜子も呆れて笑っていた。
当の空目なんかは、武巳を一瞥しただけだった。
「全部飲んじゃ駄目だよー?」
「もう遅いし。てか最初からちょっとしか入ってなかった。悪ぃ陛下っ」
あまり悪びれた様子もなく武巳が云うと、空目は短くあぁ、と返事をした。
「もう、魔王様の飲みかけとるなんて最低。折角村神クンが魔王様に買ってきてあげたやつなのにー」
「う…」
流石に稜子に云われると弱いようで、武巳は頭を垂れた。
「…ごめん、陛下。もっかい買ってこようか」
「いいと云っている」
空目はふっと顔を上げて武巳を見た。
それから村神に視線を遣る。
「……んァ?」
少しぼけっとしていた村神は、間の抜けた声を上げた。
その手から、すっとオレンジジュースを抜いた。
「貰うぞ」
事もなげに云うと、村神の返事も待たずに空目はそれに口をつけた。
「………陛下っ!」
「ま……魔王様?」
二人して反応が遅れた。
「…空目」
村神は一瞬呆然として、だがすぐに我に帰った。
危うかった。
今ここに武巳達がいなかったら、確実に空目をかき抱いて口付けていたと思う。
この状況を作り出したのが武巳だというのはとりあえず棚上げにしておくとして、だが。
「…」
この場で只唯一冷静な、また三人の動揺を招いた本人、空目だけは周りを気にしたふうもなく、空になったパックを机の上に静かに置いた。
















後ろ手に寝室のドアを閉めながら、村神は思った。
やはり空目は何を考えているかということには理解が及ばない、と。
「…いたのか」
そんなことを考えながらドアの所で足を止め、ぼんやり空目を眺めていると、そんな声が飛んで来た。
「…ひでェ云い草だ」
ぽつりと返して歩み寄った。
部活を終え共に帰宅しているときに、村神は空目から本を借りる約束をした。
どういう経緯でかは忘れたが、話が『遠野物語』へ及んだときだ。
何度か空目の口から聞いたことのあるそれについて改めて説明を求めてみたところ、貸してやるから家へ来い、とのことだった。
そのまま大人しく家へ上がり込み、夕食を簡単に用意してやり、ついでだと風呂にも入ったところで今へ至った。
自分は暫く台所で静かにしていたので、とっくに風呂に入り終えて先程から寝室で黙々と読書を続けていた空目は、村神は帰ったものと思っていたようだ。
現に、空目が風呂に入っている間や、取り込んでいるときに黙って帰ることは今まで何度もあった。
空目もさして気に止めないから、それはそれで当人達にはよかったようだ。
既に約束の本は受け取っていたので、今日だって帰ろうと思えばいつでも帰れた。
「…もう、帰んのもめんどくせェ」
「そうか」
ゆるゆると返事をしながら、空目は顔を上げた。
時計を見る為だ。
「…」
だがそこで、村神と視線が噛み合った。
その体躯で目の前に立ち塞がれては時計を見ることは出来ないのだが、さして気にはしなかった。
見えないなら聞けば良いのだ。
「今何時だ?」
「…十一時、ちょっとすぎぐらいだな」
後ろを振り返って、村神が云った。
「………」
村神はそのまま緩慢な動作で空目のほうをまた向いた。
「…村神?」
ぎし、とベットが軋んだ。
空目が身じろいだからではない。
「空、目」
多少緊張の交じった声で呼ぶ村神の膝がベットに乗った為、腰掛けていただけの空目は見下ろされるようなかたちになり、ベットはぎしぎしと啼いていた。
村神が体重をかければかける程、空目はベットに沈んだ。
「…」
ぎこちない動作で、村神は空目に口付けた。
唇が軽く触れ合う程度の、ほんの僅かなものだったけれど。
抵抗がないのを確認してから、村神はもう一度、今度は長く唇を合わせた。
といっても、空目が抵抗しないだろうことはわかりきっていたのだが。
「…、…」
合わせた唇の間から、僅かに息が洩れた。
どこまで無抵抗なのだろう、と村神は思った。
思いながら、舌を絡め取ったが、やはりどこまでも空目は受動的だった。
多分このまま舌を噛み切っても空目は恨みすらしないだろう。
村神は逡巡した。
だが思考は止めなかった。
何か考えていないと感情の方に自身を持って行かれそうだった。
このまま空目を押し倒し、凄惨なまでに犯してしまうかもしれなかったし、また羞恥で今すぐこの家を飛び出してしまうかもしれなかった。
両極端ではあるが、自分ならどちらもやりかねないと思ったら村神は思考するしかなかった。
空目に人の好き嫌いがあまりあるような気はしていなかったが、何を考えているのかいまいち理解も出来ない節があるので、迂濶なことは出来なかった。
だがこれはきっと相手が空目に限ったことではなく、万人が万人に対してそうである筈なのだ。
村神はそこらへんの認識が少し甘かったが、それでも一般から大きく逸脱することもなかったのでそれでいいように思われる。
もっとも、協調性と社交性と、その手のものはあらかた放棄している二人だ。
今更こんなところだけ社会基盤に則ってみたところで何になるのだ、という話である。
「…、」
どれだけ口付けていただろうか、村神は空目からの抵抗を一切受けることなくゆっくりと唇を離した。
空目は乱れた呼吸を整えようと、何故か村神から顔を逸らした。
瞳が潤んでいて、肌も僅かながら上気していて。
普段の禁欲的な雰囲気とは全く違い、今はやけに扇情的に見えて、村神は戸惑った。
「空目」
「…ん」
短く呼ぶと、同じくらい短い返事。
「俺は、お前が好きだ。…お前の持論の、所有欲だとか…そーゆーもんかもしれん。でも、好きなんだ」
「…そうか」
この告白は勿論初めてではない。
ないのだが、だからといってそう何回も繰り返しているものでもなかった。
空目の返事もいつものことながら、抑揚がない。
「……」
村神は黙って空目の横に腰掛けた。
「…お前は誰か人を好きになったりはしねーのか」
「……」
空目が、自分に対してどんな感情を抱いているのかはっきり聞いたことはなかった。
それでも唇を重ね、体も重ねた。
それは極めて物理的なことであるから、やって出来なくはなかった。
空目は抵抗をしないから、余計に。
「恋愛は所詮所有欲の延長。そして只の錯覚。または自己満足。まやかし」
「…」
「こんなんだったな、お前の持論は?」
「かなり大雑把だがそんな感じだな」
それが何だと云いたそうな顔である。
「これをひっくり返せるような話術が俺にあるとは思ってない。だけどな、空目…」
「村神」
切羽詰まった様子の村神に空目が声をかけると、村神は簡単に黙った。
「俺は前に云わなかったか」
「…?何を…」
「物の所有に主義主張が関係あるのか、と」
村神は固まった。
動きを再開するまでに、また言葉の意味を正確に理解するまで少しかかる。
「…それ、は…」
村神が口ごもる。
そんな村神のシャツを、空目は軽く引っ張った。
そして腰を軽く浮かせ、口付ける。
「う、空目」
「…こうすれば手っ取り早く伝わるようだな、お前の場合」
「…おぅ」
我ながら変な返事だ、と思いながら、村神は空目を抱きしめた。
自分は今赤い顔をしているな、と村神は思った。
「…俺は物かよ」
多分これは照れ隠し。
「……言葉の綾だ」
珍しい空目からのフォロー。
だがこれは照れ隠しでも何でもないだろう。
村神は少し体を離して、向き直った。
「…好きだ」
「先程も聞いた」
面白くない奴だと思いながら、だが優しく口付けた。














「…魔王様、来ないね」
朝、稜子は部室で自分と同じように暇を持て余している武巳に向かってそう呟いた。
パイプ椅子にだらしなく座って、武巳は適当に返事をする。
「村神も来ねーし。何だよあいつら」
外で運動部が朝練に励んでいるのを眺めながら、武巳は欠伸を噛み殺した。
昨日のカフェオレの件をまだ忘れていなかった武巳は、二人にまたそれぞれ、カフェオレとオレンジジュースを買ってきていた。
あの二人がそんなことを根に持つとは思っていなかったが、コンビニに行ったらたまたま目についたから、どうせだから買おうと思ったのだ。
別に高価なものという訳でもないしな、ということらしい。
だが、折角買ってきたにも関わらず、二人は揃って姿を現さない。
だから先程から稜子と暇を持て余しているのだった。
「…欝陶しいね、あんた達。とりあえず今日中に会って渡せればそれでいいでしょ」
「そうだけどさ」
亜紀の言葉に、稜子は苦笑いしながら答えた。
「でも何か、こーゆーのって早く渡したいじゃん」
武巳の言葉は、この後また亜紀に一蹴される。
暫くそんなやり取りを続けているうちに、結局1限が始まる時間になってしまって、その場はお開きになった。








空目、村神が揃って登校してきたのは丁度2限が始まる直前だった。
その頃にはもうカフェオレはなくなっていて、武巳は昼休み、購買へ走ることとなってしまった。
そして武巳が購買へ走っている間、稜子が遅刻の理由を尋ねてみると、空目は寝坊だと答え、村神はそっぽを向いてしまったが、その耳が赤くなっているのを亜紀はしっかり目撃していた。
その後、武巳が帰って来てから、亜紀によって村神は前夜空目宅へ泊まったところまで吐かされたらしい。
















END




****************
無駄に長い・・・・・・んでしょうか。
内容ない割には長いですね。
そして何だか、村神はへたれだし近藤はいろいろと可哀想だし。笑
最初はえろを書く気でいたので、題名前の文章が妖しげです。大爆
あやめいねぇ。笑
ばり忘れとった。最悪




2005.7.21
2006.5.14加筆修正