誰も魔王陛下様には勝てません。 * 七橋 * 「あがり」 事も無げに空目そう云い、場にカードを捨てた。 「もうかよ!?てか陛下強すぎだし!」 云って、武巳はトランプのカードを投げ出した。 迷惑そうな顔をしながら亜紀がそれを回収しているのに気付いているのかいないのか、武巳はそのまま稜子の方を向いた。 「ちょ、稜子俺今何点!?」 「ちょっと待ってね」 穏やかに返して、稜子は戦績表に手を伸ばした。 「えーとね、−205点」 「うわっ最悪」 独りでやたらと騒いで、武巳は椅子からずるずるとずり落ちた。 鬱陶しそうにそれを見ながら、亜紀は手際良くカードを切る。 「皆の云ってってよ」 「あ、うん」 とりあえず武巳を無視して亜紀は稜子にそう云った。 切り終わったカードは、きれいに机の中心に置かれていた。 「最下位は武巳クンで、−205点。それで、次がー・・・私で−180点」 「何だよ、俺と大差ねぇじゃん」 元気が戻ってきたのか、武巳はがばりと起き上がると稜子の方へ身を乗り出した。 「25点の差は大きいよ。で、次は村神クンだね。−95点」 亜紀に倣って武巳を冷たくあしらってみるが、相手が稜子では武巳がめげる筈もなく。 「何だよ、俺らやっぱ大差ねー・・・」 「うるさーい。次は亜紀ちゃんで−90点」 「・・・僅差だな」 と、村神。 「これから差は開くんじゃないの」 「そうはいくか」 「いくのよ」 静かな攻防戦が起こっているが、巻き込まれたくはないので誰も口出しはしなかった。 せめて点数が近ければ武巳や稜子も口出ししやすかったかもしれないが、そうもいっていないので。 「次いい?ていうかもう魔王様しか残ってないんだけど。ダントツ1位で−20点」 「20!?」 「あれから負けなしか」 あれから、というのは村神が勝ってから。 ことのあらましは、1時間弱前。 暇だ暇だと反芻に反芻を重ねていた武巳が、いきなり何かを思い立ったようで鞄の中を漁り始め、取り出したのがトランプ。 そして云ったのがこの台詞。 「セブンブリッジやろう!」 という訳で、特に非難の声もなかったのですることになったのだった。 誘っておいてなんだが、これに空目が参戦するとはあまり思っていなかった武巳は、それだけで充分に暇が潰れてしまっていると思った。 「陛下トランプとか出来るの」 「どういう意味だ?」 「いや別に・・・」 「あまりやったことはないがルールぐらいは知っている。たまにはいいだろう」 「たまには、ねー・・・」 ふーん、と何度も頷きながら武巳はとりあえずカードを配った。 空目は、気まぐれとか思い付きとか、そういう人間らしいものは一切欠落しているものだと何の根拠もなく勝手に思い込んでいる武巳は、面白そうにまたちらりと空目を盗み見た。 「・・・俺でも陛下に勝てるもの、あってもいい筈だよな?」 ぼそっと、誰にも聞こえないような声で呟いた。 とりあえず、10回戦ぐらいやろうか、というように取り決めて、まず1回戦。 出だしが好調すぎて、自分が勝ち抜けることが決まったようなものだと思い込んでいた武巳は周りの様子をあまり窺っていなかったので、空目が勝ち抜けたとき、驚くあまり椅子から転げ落ちてしまった。 「まじ!?もう勝ち抜け!?俺−30点!!?」 「うるさいよ近藤」 「そういう木戸野は?」 「−5点だね」 「げっ」 「私−20点」 「俺も−5点だな」 「村神ー!!」 そんなこんなで空目が勝ち続けて5回戦目まできたとき。 「あがり、と」 「でかした村神ッ!!」 「・・・・・・」 ここへきて村神が勝ち抜け、やっと空目の連勝が止まったのだ。 自分が勝てないことはなんとなくわかってきていた武巳は、誰かが空目に勝つことを心待ちにしていたので、村神の勝利を自分のことのように喜んだ。 「で、陛下何点?」 「−20点」 「おおぉ!やっぱり陛下も人の子だー!」 「だからうるさいよ、近藤」 そして空目はその後もまた勝ち続け、9回戦目が終わったところだった。 何故自分が勝てないのか、それは自分に空目ほどの威圧感がないからだ、とか何とか、トランプとは最早関係のないところで武巳の思考は展開していた。 しかしそれほどまでに、発言権のある順というか、武巳の云う威圧感の順のように、セブンブリッジの順位はついていた。 そして10回戦目。 「あがり」 「陛下ー!!」 「結局逆転はなかったねー」 「やっぱり差開いたじゃないの」 「20点か…」 10回戦全てやりきり、皆思い思いの感想を述べていた。 「ルール、覚えてるよな」 武巳が云った。 「馬鹿ね、その前に順位でしょ。」 亜紀が一蹴。 「あはは、馬鹿だ武巳クン」 笑いながら、稜子が点数表を持ち上げる。 そして、たった今の10回戦目の点数を書き込み、総合の点数を計算を頭から計算し直し始めた。 「もーやだ・・・」 武巳はまたずるずると椅子をすべり、だらしなく足を投げ出した。 「電卓あるけど」 「大丈夫」 「勝つコツとかあるのか」 「特に」 そんな武巳は皆無視し、亜紀は稜子と、村神は空目と話していた。 「・・・・・・・・・・・」 武巳は少々不服そうに周りを見回す。 「出来た」 非難の声でも上げてみようかと思ったとき、稜子がそう云い、思考が途切れた。 「まず、びりっけつ」 「・・・俺だろ」 「うん。-240点」 「よくそんなに取れるもんだね」 「うっせー」 唇を尖らせて武巳は顔を歪めた。 それを見て変な顔だと思ってしまったが、稜子はその言葉を飲み込んだ。 「そう変わるものでもないんだけどね。次は私。-195点」 「よかったね。200点までいかなくて」 「ほんとだよー」 亜紀に云われて、稜子は笑った。 「次はねぇ、村神クン。-115点。惜しかったねぇ。最後の最後に、結構な点とっちゃったね」 「・・・あァ。勝てるんじゃないかと思ってたんだけどな」 「駄目よ、駄目。いざっていうとき絶対駄目なタイプだもん、あんた」 「あはは。亜紀ちゃんは-95点」 村神と亜紀は接戦だったためか、お互いの点数を把握していたらしく、2人とも大して動揺はなかった。 「魔王様はあれから負け無しだから変わらず。-20点」 「さァ陛下!くじ引いて!」 「・・・」 始めるときに決めた、ルールがあった。 武巳が決めた、ルールである。 前に沖本達とやったときに盛り上がったので、同じものを適用してやろうということだった。 というのは、1番に勝った人間が数字の書いたくじをふたつ引き、はじめに引いたほうに書いてある数字の順位の人物が、あとに引いたほうの人物にキスをするというものだった。 数字は1からあるので、ゲームで優勝しても、罰ゲームに当たる確率は充分にある。ただくじを引く権利を勝ち取ったというだけなのだ。 だから、盛り上がるのだった。 ルールにはまだ続きがある。 優勝者はあともうひとつくじを引く。 そしてそこに書かれた番号の人物が、どのようなキスをするか指定をする。 ディープキスはやめておけ、ということだが、誰もそんなものを指定する気はない。 その合コンじみたルールに亜紀も村神も溜息を漏らしたが、武巳と稜子が上手く流した。 「まず1個引いて、陛下」 「・・・ん」 空目がひとつめに引いたくじを、武巳が受け取った。 「はい、次」 ふたつめに引いたくじを、今度は稜子に渡す。 「じゃ、私から開けるね」 キスを受けるほうのくじを、稜子はゆっくり開けた。 そして、ぴらっとそれをこちらへ向ける。 「5番。武巳クン!」 「・・・・・・げっ」 楽しそうに稜子が視線を向けると、武巳はさも嫌そうに顔を顔を歪めた。 「あ、相手!相手次第だなっ」 云いながら、武巳は慌ててくじを開いた。 「・・・・・・・・・うわっ。すごいのきた。これ絶対絵的にやばい」 うなだれて、武巳がこちらにくじをぴらりと見せた。 3番。 村神である。 「俺が・・・お前に?」 「ルールだからね」 安全だとわかった亜紀が、余裕綽々で毒でも撒き散らしてやろうかと構えている。 「ちゃんとやってねー」 後は見て笑うだけだといわんばかりの稜子が、楽しそうに野次まで飛ばしている。 「最後のくじだ」 忘れかけていた最後のくじを、空目が皆に見えるように向けた。 「2番。亜紀ちゃんだ」 「私?やだなー。こいつらのキスの仕方なんか決めるわけ?」 大きく溜息をついて、亜紀は腕組みをした。そして、うーん、と考えるような仕草をする。 その間に、稜子によって武巳と村神は円の真ん中に駆り出された。 手持ち無沙汰になった空目は、暇そうにその様子を眺めている。 「・・・決めた」 ぱっと亜紀が顔を上げる。 武巳が不審そうに亜紀に視線を遣った。 「いいか、木戸野。場合によっては、村神の今後がかかってるんだからな」 「俺かよ」 「お前だよ。コイビトがいるからな」 誰を指しているかは、武巳はあえて云わない。 だが村神も武巳も確かに誰を指しているか同一人物を頭に思い浮かべていた。 「お前・・・っ」 「そうだったね」 云われた亜紀は、きれいに、でも確かに楽しそうに微笑んだ。 村神は円の中心で絶句している。 だがもしこれで刑が軽くなるならそれはそれでいいのだが。 「えーとね、村神。両手で近藤の頬を挟みなさい。優しくね。・・・そうね、いつもやってるみたいにやればいいよ」 「えー、やだ。そんなに優しくされたら俺惚れちゃうかも」 「だから、お前ら・・・、」 「近藤。村神の腰に手をまわしな」 「こう?」 「そうそう」 武巳は案外楽しそうに、亜紀の指示に従っている。 「何だよ・・・っ、全然加減ねェじゃねェか」 村神は顔をよそに向けながら、独り言を吐き捨てた。 「さ、やって」 「だってさ、村神」 「・・・・・・」 悩むより、さっさと済ませてしまったほうが得策だと思い、村神は武巳の頬に手を添えた。 さっさと済ませないと、追加されかねない。 出来ない、とまごついているから負担を軽くするような優しい連中ではないし、遠慮もない付き合いであるからして、それが最善の策なのだ。 村神はちらりと空目に視線を遣った。 空目はただいつもの無感動な視線を、村神に投げて寄越しただけだった。 「・・・、」 村神は、そっと口付けた。 武巳の鼻の頭に。 「あ、ずるーい」 と、稜子。 「やられたわね」 疑いもなく唇にするのがルールだと思い込んでいたので、してやられたと亜紀は少しばかり歯噛みした。 「・・・」 空目はやはり平生と変わらない。 「・・・やべェ。男にキスされちった」 今更、ということを武巳なんかは云っている。 そのままの体勢で村神にぺったりくっついているのだが。 「仕方ないね。つまんないから最後に村神、近藤を抱き上げなさい」 「はぁ!?」 「やれやれ村神」 亜紀が非情なぐらいあっさり追加すると、武巳も何故か楽しそうにのってきた。 「早くー」 稜子まで楽しそうにしている。自分に被害が及ばないから、何とでも云えるのである。 「・・・」 空目はやはり、平生と変わらない。 「・・・くそ、」 村神は舌打ちすると、ひょい、と武巳の体を抱き上げた。 所謂、お姫様抱っことかいうやつである。 村神の体力をもってすれば、造作もない。 「やっぱり絵にならないわねー、あんた達」 「やらせといて、お前」 「あー、いーなーこれ。俺の力じゃ絶対やってやれないからこれ、やってもらうのが軽く理想だったんだー」 「あはは、武巳クン夢が叶った」 村神の首に手を回し、満足気な武巳が、あはは、と稜子に笑ってみせていた。 「・・・・・・」 「うわっ」 村神が、黙って足を支えていた腕を放した。 武巳は当然ずり落ちるが、足からいったので、上手く着地出来たようだ。 村神としても、上手く着地出来ないようなら支えてやるぐらいの手はまだ残していた。 「ありがと、村神。ご苦労さん」 楽しそうに、ぽんぽんと武巳は村神の胸をたたき、空目にも視線を遣った。 「村神借りたよー、陛下」 「・・・・?あぁ」 何なんだかよく理解していないようだったが、空目はとりあえず頷いた。 「つまんないねェ」 「あんた、どんな修羅場想像してたの」 「うーん。無言の圧力で武巳クン気絶、みたいな」 「・・・・・・・・・」 冗談とも本気ともつかない様子で云う稜子に、村神はやはり絶句していた。 「・・・散々だった。なんか、疲れた」 授業の為に亜紀も稜子も武巳も、それぞれの教室へ散った。 空目はこの時間、授業を持っていない。 村神はそれにあわせてのさぼりだ。 「楽しんでいるのだと思っていたが」 「・・・お前、ちゃんと見てたのか?つーか、皮肉でも云ってるのか」 どちらともつかない空目の様子を、とりあえず村神は眺めた。 妬いたりとかそういった感情とは無縁な、恋人を。 「?」 空目はそんな村神の想いにも気付かず、小首を傾げている。 「浮気じゃあ、ないからな」 「・・・あァ、」 そんなことを考えていたのか、という意味の込められている、空目の相槌。 そのまま村神がゆっくり近寄り、顔を寄せると、空目はその顔を手で追い払った。 「な、」 「いちいち寄るな」 「ちょ、お前」 「ん」 空目の手を掴んで、村神はしかと空目を見据えた。 抵抗もしない空目の膝の上から、分厚い本が落ちた。 村神はそれをちらりと見たが、拾いはしなかった。 「怒ってんのか?」 「何がだ」 「妬いたり、」 「すると思うか?」 空目も多分、自分の感情の欠落に気付いているのだろうが、その上でそれを平然と口にしてしまうのだった。 「村神、」 開放された空目の手が、村神のネクタイを掴む。 「俺の嫉妬が、お前を満足させるのか?」 照れもなく、恥ずかしげもなく、空目はあっさり云う。 「・・・」 いざそうはっきり問われると、村神だって答えられない。 「理解は出来ないが、軽蔑しているわけでもない。そういったことを、お前はするなとも云わん。単純に、イエスかノーかを知りたいだけだ。お前の答えがどうであれ、対応も変わらん」 空目は嘘でそんなことを云っているわけでもなさそうだった。 本当に単純に、答えを待っているだけのようだ。 「・・・わかんねェ」 「・・・」 「してほしいかも、しれねェが。わからん。空目がそんなことするとは思えないから、しなけりゃしないでがっかりもするが、したらしたで、俺はお前の熱を測るぞ」 「・・・そうか」 空目はのんびり返事して、先程落とした本を、今更思い出したかのように、拾い上げた。 その一連の動作の延長上にあるかのようにごく自然に、空目はまた村神のネクタイを引っ張り、軽く掠める程度の口付けをした。 「空、目」 「・・・、」 村神が呼ぶと、空目はもう一度口付けた。 今度はあっさり主導権が村神に移り、口付けたまま村神は空目を抱き上げて、空目を膝に乗せるように座り直した。 「・・・意外、っつったらお前には心外かもしれねェが、」 「ん?」 「俺の満足云々に、お前は興味あんのか」 「あァ」 さして感動のない返事を寄越して、空目は続ける。 「ないこともない、だけだ」 「・・・ふーん」 適当に返し、村神は空目を抱き寄せた。 「・・・・・・セブンブリッジ、やろうぜ」 「2人でか?」 「あぁ。罰ゲーム、ありで」 「どんな」 「勝ったほうが、負けたほうを好きにしていい。オーソドックスな、ルールだ」 「・・・そうだな」 武巳が置いていったトランプを、村神は手繰り寄せた。 それに空目が手を重ねる。 「やるか」 「今度は勝つからな」 「普通勝ち目のない勝負を吹っかけたりはしないものだろう」 「勿論」 にやりと笑って、村神はトランプを広げた。 END ******************** 前半と後半とでかなり時期が違ったので、初め何が書きたかったんだかもう思い出せない。爆 なんていうかもう、痛い作品。 2005.10.9 |