「あの、ちょっといいすか」




絶対零度の笑みを浮かべた猿野を見て、虎鉄はその冷たさに凍り付いた。




















*  273℃  *




















「毎度毎度毎度云いますがうちの犬飼貸した覚えはありませんけど」
連れてこられた先で、虎鉄はいきなりそう云われた。
「お宅の犬飼?」
云っている途中で、虎鉄はあるものに気がついた。
ここから数メートル離れたところを、犬飼と猪里が楽しそうに話しながら歩いていた。
「ああぁッてめェさっきの言葉そっくり返すZeいつ俺の猪里ちゃんてめェんとこの飼い犬に貸したYoッ」
「貸してねェし借りてもいねェ。どーゆーことなんだよッ」
「あァ!?てめぇが犬にきちっと首輪付けてねーからこんなことになるんだろうYo!」
犬飼と猪里、当人達のいないところで、いることにはいるのだが声も届かないところで、真意も知らないのに勝手に喧嘩が勃発していた。
「あの頭悪ィ犬っコロならやらねーでもねーが、あいつが進んで浮気なんかしよーとする訳ねぇだろ!?あいつそんな器用じゃねーし!!……あっ、器用じゃねーから今こうやって俺に見付かってんのか…」
「馬ァ鹿自爆してんなてめー。うちの可愛い可愛い猪里ちゃんが、浮気なんか……ッてェ、可愛いからKa!そうかYo!!」
互いに自爆し合い、猿野は両手で顔を覆い、虎鉄は地面に両手を付いて、二人ともうなだれていた。


その様子を遠目に眺めていた部員達にはとっくにこの光景も日常茶飯事になっていて、今度は何やってんだ、とか話したり、アフレコ遊びをしたり、この先どちらが先に行動を起こすかに賭けたりしていた。




「…悪かねー、犬飼。まァた木にボール引っ掛けてしまって。犬飼背ェ高かけん、いっつも手伝ってもらっとうやんね」
「いや、別にいいです。俺で役に立てるなら」
「ありがとう。本ッ当に良か奴やね」
曖昧に頷きながら、犬飼は猪里がこれをわざとやっているのではないかと思ってしまう。
野球部レギュラーがそう何度も木にボールを引っ掛けたりするだろうか。
「ん?どげんしたとー?」
だがそんな考えも、屈託のない笑顔を見たら吹っ飛んでしまった。
「…いえ。何でもないす」
暫くはこの、猪里による部員をも巻き込んだ虎鉄いじめが続きそうだと思った。




















END




********************




2005.8.26