ねぇ




ねェ




ねーってば
















*  こっち向いて  *
















「屑桐さァん」
「何だ」
完璧にあちらを向いてしまって、先程からいくら呼んでもこちらを向いてくれない先輩にやきもきしながら、御柳は何度目かもわからない呼び掛けを試みていた。
「今日がきんちょ達は?」
「図書館」
単純明快過ぎる答えに、御柳は泣きたくなった。
だが泣いてみたところで屑桐が自分を相手にしてくれる訳もないとわかっているので泣いたりはしない。
「まだ終わりませんかァ?」
「あぁ」
「手伝いましょっか」
「いらん」
「人の好意は素直に受け取るもんすよォ?」
「いらん」
屑桐が今やっているのは、お裁縫である。
弟妹達が学校に持っていくとかいう雑巾やら、カッターシャツのはずれかかっている釦やら、赤白帽のゴムやらを先程から縫っている。
気が散るとか云ってそっぽを向いたのだが、そのままずっとあちらを向いたままで顔を見ていない。
「かまって下さいよー」
「後でな」
「今いまイマー」
「何歳の子供だ」
「16歳です」
「………」
返す言葉もないといったふうで、屑桐は仕事にまた集中しだした。
「屑桐さんてばっ」
「……ッ」
思い余って御柳が抱き着くと、屑桐ははっと息を飲んだ。
「え。な、何?」
「この馬鹿者が…」
屑桐の人差し指からは、血が出ていた。
どうやら御柳が急に飛び付いたせいで針を刺してしまったらしかった。
どんどん血の玉が膨らんでいく。
「わ。ごめん、なさい」
「針とか刃物だとか持った人間をおどかしたりするなと小学校で習わなかったか」
「俺おどかすつもりでやったんじゃないすよ」
「論外だ。小学生以下か」
「え、なんで?今俺何悪いこと云いましたァ」
眉をしかめて理由を考えながら、御柳は屑桐の指を掴んで肩ぐらいの高さまで持ち上げていた。
「…小学生よりは知恵はあるか」
「止血の仕方ぐらい俺でも知ってますって。出血した部位を心臓より高く。ね?」
満足気に云う御柳を見て、やはり小さい子供みたいだと思ってしまった。
「あと、」
「ん?」
云って膝立ちになった御柳を屑桐が見上げたら、御柳はにっこりと笑いかけると、そのまま戸惑いもせずに血の玉を舐め取った。
「み、やなぎ…ッ」
「消毒ですよ、消毒」
悪戯でもしたみたいに笑ってみせると、御柳はもう一度指を舐めた。
「こら、やめろ」
「えー」
「怪我したのは俺だ。俺が平気だと云ってるんだからもうやめろ」
「ええぇぇ…」
「もう血も止まっただろう。離れろ」
しっしっとやると、御柳は渋々離れた。
「…ね。俺にかまってくんねーと怪我増えますよ」
「脅しか」
「脅しです」
何故か楽しそうに云う御柳を見て、屑桐は溜息をついた。
「…仕方ないな。と云ってもだな、改まってかまってやると云っても何をすればいい」
御柳がまたにっこりと笑んだ。
「こっち向いて喋ってくれたらそれで充分、す。一緒にお裁縫の続きやりましょ」
御柳が顔を傾けて可愛く云ってみると、屑桐は縫いかけの雑巾を顔に向けて投げて寄越した。
「あだ」
見事に命中した雑巾が床に落ちる。
「怪我を詫びる気があるなら丁寧にやれよ」
「怪我のお詫びなら体でしましょっか」
「いらん」
「いらないんですかァ」
「いらんな」
云いながら、屑桐は御柳の手を引っ張った。
そして手の平のほうが上になるようにして広げさせた。
「え、何。何かくれるの」
「あぁ」
屑桐が握った手をゆっくり差し出して、御柳の手の上で開いた。
「針と糸だ」
「針と、糸」
「あぁ。手伝ってくれるんだろう?」
「……ヤぁな感じ。期待して損した」
ふて腐れるように唇を前に突き出した御柳を、変な顔だと云って屑桐は笑った。
















END




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2005.8.26