*  金魚花火  *
















「どこいくの」
水でも取りに行こうと立ち上がった屑桐の服の端を、布団の中から伸びてきた腕が掴んだ。
「…台所だ。すぐ帰ってくる」
「……」
「御柳、」
返事がなく、そして腕も離れないので屑桐は困惑してその名を呼んだ。
「…………10秒以内に帰って来て下さい」
布団の中からくぐもった声が聞こえた。
「わかった」
無理だと思うが、そうでも云わないと手が離れないような気がしたので、そう返事した。
「嘘つき。出来る訳無いじゃないすか」
「じゃあどうしたらいい。お前も行くか」
屑桐が思いつきで云ってみると、暫くして御柳が布団から顔を出した。
「つーかそれ俺の服?」
掴んだ手を離さずに、御柳は云う。
語尾が上がっているのは別に疑問文だからという訳ではなさそうだ。
御柳は、掴んだ黒いシャツが自分の物だと気付いたからといって別段気分を害した風もなく、ぼんやりしていた。
「あぁ、悪いが借りた。近くに落ちていたからな。台所へ何か飲み物でもと…」
屑桐は云っている途中で、自分が当初の目的を忘れかけていたことに気付いた。
「そら、行くなら行くぞ」
そう遠くまで行く訳でもないのにどうしてこんなに手間がかかるんだと思いながら、屑桐は掴まれている手を逆に引っ張った。
「あァ。俺素っ裸なのに」
「なら置いていく」
「やだ。まって」
引っ張られた御柳は、薄いシーツを一枚纏ったままで、屑桐に抱き着いた。
「…このどうしようもない甘えため」
自分より図体の大きい御柳に抱き着かれ、身動きの取れなくなった屑桐はまた途方にくれた。
「んなこと云っても体ダルくて動けないんすけどォ」
「じゃあ待っていろ。すぐ戻る。というかだな、ここから台所までちゃんと見えているだろうが」
腕を首に絡め、ぶら下がっているような御柳の腰を抱き寄せ、屑桐が諭すように云ってみるが、御柳はいやいやをするように首を振って屑桐の胸に顔をうずめただけだった。
「いい加減にしないか、御柳」
「どうしたいのかわかんねェすよ、俺も…」
御柳が声を搾り出すように云う。
「……」
「……ごめん、いいよ。待ってる。待ってます。ごめん、なさい。訳わかんないこと云って」
云って、御柳は屑桐から離れるとそのままふらりとベットのほうへ体重をかけ、スプリングを思い切り軋ませながら横になった。
「具合が悪いのか?」
「平気」
「じゃあどうした」
「…俺も、わかんね、す」
屑桐の問い掛けにぶっきらぼうに答えると、御柳は自分を見下ろす屑桐を見つめた。
「…早く行っておいでよ」
だから、そう遠くへ行く訳ではないんだがな、と思いながらも口には出さずに、屑桐は台所へ向かった。
なるべく手早く用を済ませ、ミネラルウォーターのペットボトルを手に御柳の元へ戻った。
「……」
体が完璧にあちら側を向いてしまっている御柳の背を見つめながら、静かにベット脇に座る。
まさかもう寝たのではあるまいなと思いながら、屑桐は御柳の髪に手を伸ばし、襟足を指で遊ばせた。
御柳の肩が、擽ったそうに竦められる。
「…早いじゃん」
こちらを向かずに御柳が云う。
「お前が早く帰ってこいと云った」
「そうだっけね」
「あぁ」
急にそっけなくなった御柳の肩を掴んでこちらを向かせると、屑桐はそ顔を上から覗き込んだ。
「なァに」
わざとなのか素でやっているのか、御柳は猫撫で声のような甘ったれた声を出す。
「何だお前は。何か云いたいことでもあるのか?」
御柳が、僅かばかりだが嬉しそうに笑んだ。
「花火しましょ?」
突飛なことを云い出す御柳を、屑桐は見つめた。
「今からか?」
「今そんな時間すか?」
「朝だな」
「出来ないしょ。いくらなんでもそこまで訳わかんねぇこと云わねーすよ」
屑桐さん俺のあんぽんたん移っちゃったの、とか云いながらけらけら笑う御柳は相変わらず何を考えているのかわからなかった。
「…なら部活の帰りにでも買って帰るか」
ぽつり、と屑桐が云う。
その屑桐を、御柳は無感動な目で見つめた。
「今日部活あるんすか」
「当たり前だ」
うーん、と少し考えるような仕種をして、御柳は大勢を変えた。
相変わらず全裸に薄っぺらなシーツを巻き付けただけで寝そべっている。
「録先輩達にみつかっちまったらどーすんすか。皆で一緒にやることになったらちょっとやだな」
大して嫌そうな顔もせず、御柳は屑桐の顔を窺いながら続けた。
「や、別に皆のこと嫌いって云ってる訳じゃねーんすよ。只今日は静かに二人っきりで線香花火みてーなちっこいの垂らしてる気分かなァみたいに思ったからさー」
「そのときはそのときだ。また別の日に二人でやればいい」
「そんなこと云ってる間に夏って結構すぐ終わっちゃうんすよ」
齢十何歳にしてやっと悟りました、と御柳は不思議と楽しそうに云った。
年下の癖に何を悟っているのだろう、と屑桐は思ってしまう。
「…金魚花火って知ってるか」
「何それ」
御柳の興味はあっさりそちらに移ったようで、俯せのままで足をぷらぷらさせていた。
「俺も知らん」
「何それェ?」
「名前を聞いたことがあるだけだ。実際どんなものかも知らん。名前だけじゃ、」
「見当もつかねっすね」
「あぁ」
御柳が屑桐の言葉を継ぐと、屑桐は穏やかに笑んだ。
髪を撫でてやると、御柳もにっこりと笑んだ。
たった今、どこにそんな微笑み合うようなやりとりがあったのかはわからなかったが当人達がそれを気にしていないようなので、まぁいいのだろう。
「ホントにあるんすかァ?そんな花火」
「俺が嘘を云っているとでも云うのか」
「…そうは云わないすけど。夢に出たのを現実と勘違いして…」
御柳が云うと、屑桐は黙って御柳の髪を引っ張った。
「いててて。だってさ、そもそもそんなのどこで知ったんすか」
「……」
髪を引っ張る手を引っ込めて自分のほうへ戻そうとすると、御柳はその手を絡め取った。
ゆっくりと屑桐の手を手繰り寄せて、口付ける。
御柳の挙動を、屑桐は穏やかに見守る。
「思い出せねーの?」
それに気を取られていたせいか、一瞬何を云っているのかわからなくて、屑桐は不覚を取った。
「花火」
付け加えるように、一言。
「……あぁ」
ぼんやりと返事をする屑桐の横顔を眺めて、そんな珍しいこともあるんだなァと御柳は思った。
「探してみましょうよそれ」
「え?」
「屑桐さんと一緒にやってみたい」
楽しそうに云う御柳を、ぼうっと眺めた。
「この世に存在しない花火だったりしたら、永遠に叶わねぇんだけど。そんな約束想い続けるなんて辛いんかな?」
何故その言葉を楽しそうな表情で紡ぎ出すのか全くわからなかったが、わかりたくもなかった。
御柳はだからこそ御柳で、お互い全く違う次元でものを考えているから上手くいっているのだと思い続けてきた。
それを根底から覆されてはたまったものではない。
例えそれが大いに間違っていようとも、目の当たりにさえしなければ、やっていけるような気がしていた。
「つっても、元から花火なんてたったさっき思い付いたことだし。下手したら部活中に忘れ去る」
「云いたかったことは、それではなかったのか」
呆れるように、独り言のように屑桐は云って、御柳に遊ばれていた手を引っ込めた。
御柳の指が、手が名残惜しそうについてきたが、軽く振り払う。
「云いたかったこととか、元からなかったの。勝手に屑桐さんが勘違いしてたダケすよ」
そう云って目を細めながら、まァ多分あんときゃ屑桐さんの顔見てキスしたいなァとか考えてたんじゃないすかね、とか何とか付け足した。
「何故ごまかす必要があった」
「照れたんじゃねェの?」
自分のことなのに、それが全く他人のことのように、御柳は云った。
「いつものお前なら云っている。照れとは無縁のようにな」
「…いつもの自分じゃ、やだったんでしょ。多分」
見た目だけ御柳で、中身が別人のようだ、と思った。
「…シャワー浴びてくる。お前もそろそろ起き出さないと部活に遅れるぞ」
「一緒に浴びる」
「狭い」
「じゃ湯張って下さいよ。したら入れるしょ」
「そんな勿体ない真似するか」
御柳が恨めしそうに屑桐を見上げるが、屑桐はあっさり無視して風呂場へのんびり歩いて行ってしまった。
「ねェ。ホントに今日部活行くの。雨降るよ」
「綺麗に晴れているぞ」
「降るんだよ」
「降るのか」
「降るんすよォ」
しつこく云いながら、御柳は脱衣所までついてきた。
気にしないで、勝手に借りていた服をばさりと脱ぐと、人の物だというのも気にせずにぽいっと洗濯籠に放り込んだ。
「…で、入るのか」
御柳がじろじろ見ているのも気にせず、屑桐は下も脱いでさっと風呂場に入って行った。
「入る。入りますー」
まだ巻き付けていた薄っぺらいシーツをその場に捨てて、御柳も風呂場へ消えた。
「なァんかエロいぃー。近いよ屑桐さん。あァ、肌が触れる」
「こら、無駄にはしゃぐな。変な声も出すな。だから云ったろう、狭いから嫌だと」
「俺は嫌だなんて云ってねーすもん。屑桐さん、今からヤりませんか」
「やらん」
「ヤらないんすかァ」
「やらないな」
先程と似たようなやり取りを交わして、屑桐は御柳にまだ冷たいシャワーを頭から浴びせた。
「や…っ、冷たッ!!屑桐さん馬鹿!?」
「訊くな」
「やっぱあんぽんたんになったんじゃないすかァ、俺に似てっ」
逃げるよりいいことを思いついたらしい御柳は、抵抗をやめて一瞬動きを止めた。
「…ッ、」
徐々に温かい湯が出てくるようになったシャワーをやはり頭からかぶりながら、御柳は屑桐に思い切り抱き付いた。
「……、御柳」
何故か呆れたように云う屑桐。
「やだ、密着してますよ。欲情しませんか」
「しないな」
「しないんすかァ」
「……」
ここで返事をしたら、また似たようなやり取りをしてしまうところだった。
自分達は一体何度同じことを繰り返したら気が済むんだと思うと、ため息が出た。
「…ちょっと。どーして抱き付かれてため息なんかついちゃうんすか。シツレイですよ」
「誰に対してだ」
「俺に決まってるっしょ」
「決まっているのか」
「決まってますよ」
「…そうか」

またやってしまった、と思いながら、屑桐はのんびりと、唐突に降ってきた御柳のキスを受けていた。
























END




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訳わかんなくて、短めのを書こうとか思いつきまして。
そしたら本当に訳わかんなくなりまくりました。
得意ですよ、頭悪そうな話。笑




2005.8.21