狭い部屋に、無機質な電子音が響く。








御柳が何やら気に入っているらしい、黒電話の着信音。








ちょっとごめん、と云って、御柳は電話に出た。
















*  取り込み中だから後にして  *
















「そりゃアンタが悪いっしょー?謝んなよー」
あはは、と大きな声で笑いながら、御柳は電話の相手と、かれこれ三十分ほど話していた。
相手はどうやら女らしい。
たまに高い声が漏れて聞こえてくる。
別段会話の途中だったとかいうこともなかったので、屑桐は其所此所に落ちている雑誌を拾い上げて、流し読みしながら暇を潰していた。
そんな屑桐の様子を見て気にしてはいるものの、一向に話が終わりそうな気配も無いこの部屋の主、御柳は会話の中でまた笑った。
「遊びに?暇な日ならいーけどー?」
どうやら話は、二人で遊びに行くとかいうところへ来たらしい。
「いつがいい?俺結構多忙よ」
この間御柳が云っていた女子だろうか、と屑桐は一つの考えに思い至った。
つい先日高校の学園祭が行われたのだが、その準備の過程で物凄く気が合い、仲良くなったクラスメイトがいたとかいう話を屑桐は御柳から聞いていた。
実際に見たこともあった。
野球部の練習を、何かのついでだとか云って少し見に来ていたのだ。
こんな所にいったいどんな用事があって来るのだろうと、御柳の説明を聞いたときは酷く疑問に思ったのを覚えている。
そのときは御柳と二、三言葉を交わしただけですぐ帰ってしまったが、何とも感じの良さそうな子だった。
屑桐には意外だった。
御柳と意気投合するくらいだから、もっと刺々しい人物を想像していたのだ。
御柳はああいうのが好みなのか、と妙に感心してしまった。
「んー?その日は駄目。丸一日練習。……その日もごめん。」
「…」
ぼんやりしている間に少しは話が進んだものと思いきや、まだ日にちのところで手間取っているようだった。
「…駄目!その日は一番駄目なの」
一際大きな声が聞こえて、少し驚きながら屑桐が御柳を見ると、御柳は笑いかけてきた。
何のことだかわからず、屑桐は眉根に皴を寄せた。
「え?知りたい?」
電話の相手に云いながら、御柳は屑桐に擦り寄った。
「デートすんの、その日は」
悪戯っぽく笑いながら、御柳は屑桐に寄り添った。
「彼女?違う違う。そんなんいねーし。でもねー、すげー大切な人ー」
誰?と相手が問うているのが聞こえた。
御柳は笑う。
「内緒。とられたら困るもんー」
何それ、と云いながら相手も笑うのが聞こえた。
「日はさーまた考えといて。ま、俺殆ど空いてねーんだけどー」
それから御柳は、屑桐にもたれかかったままもう少しだけ言葉を交わし、電話を切った。
「…お待たせしましたァ」
妙に語尾を伸ばして、御柳は笑った。
「別にもっと話していてもよかったんだぞ」
「んー、目の前に屑桐さんいんのに出来ないしょ。俺に構ってもらえなくて屑桐さんすねちゃうっしょー?」
屑桐はため息をついて雑誌に目を戻した。
「ヤキモチとか妬かない?」
「妬かん」
「妬かないんすか」
「妬かないな」
屑桐の素っ気ない返答に、なーんだと返すと、御柳は机の上の本当に小さなバスケットから、飴玉をとって口に放り込んだ。
御柳の部屋には本当に小物類だとかが多かった。
屑桐が初めてこの部屋に来たときにそれを指摘してみたら、御柳はそれら全部が貰い物だと云った。
なんかね、女の子達がくれるんすよ。物好きだよなァ。
そう云って、冗談ぽく笑ったのを今でも覚えている。
「…御柳」
「ん?何すか?」
名前を呼んでみると、御柳はぱっと顔を上げた。
本当に在りはしないが、尻尾がぱたぱたと振られているのが見える気がしてくる程、御柳の様子は嬉しそうだった。
その御柳の顎に軽く手を添える。
「…屑桐、さん?」
わかっていない筈はないのに、御柳は首を傾げた。
「…貰うぞ、それ」
「へ…?」
御柳がこの言葉の意味を理解するより早く、屑桐は口付けた。
「…ん」
初めは啄むように小さなキスを繰り返していたが、それがどんどん長いものにかわり、御柳がじれったくなって屑桐の服を引っ張ってみると、遠慮なくするんと舌が侵入してきた。
「んん、…ぁ、ふ…ッ」
舌で口内を犯された後、やっと舌を絡めてもらい、御柳は屑桐の舌を存分に味わおうとした。
「…ッん、…!?」
だが、屑桐は御柳の口の中にあるものを絡め取るとあっさり退いてしまった。
「な…」
空になった口の中もそうだが、半端に終わらされたキスに寂しさと物足りなさを感じて、御柳は屑桐を睨んだ。
だが屑桐は何処吹く風といったふうで。
「…何の味だこれは」
「……牛乳だっけな?すっげー甘いしょ」
返事はなかったが、これは多分肯定だった。
口の中で飴玉を転がしている屑桐が何だか可愛く思えて、御柳は再度擦り寄った。
「…それ、好きなんだー」
「…」
「だから返してもらいますよ?」
膝立ちになって屑桐を見下ろしながらそういうと、御柳は唇を寄せた。
「御柳…」
小さな声で呼ばれたかと思ったら、いきなりでこぴんを貰ってしまった。
「いたッ!何するんすかー!」
「わざわざ取り返すこともないだろう。新しいのを食え」
なら屑桐さんこそそうすればよかったのに、とかなんとかいう言葉はとりあえず飲み込んで、御柳は屑桐に寄り掛かった。
「…デート」
「ん?」
「デートの約束、忘れてませんよね」
落ちている雑誌を指で遊ばせながら、御柳が聞いた。
さっき電話でも云っていた日だな、と思いながら屑桐は言葉を返す。
一週間程前だっただろうか。
部活で使うバットのグリップテープやスパイクの紐やらといった細々したものが切れたので、一緒に買いに行かないかと御柳に声をかけてみたところ、物凄い勢いで行く、と返事をし、絶対だかんね、と逆に約束させられてしまったのだ。
「覚えているが…別に俺は他の日でもいいんだぞ」
「…どーゆー意味」
明らかにすねた口調で御柳が云った。
本当にすねているのか、演技なのかは顔が見えないのでわからなかった。
「さっきの子と行ってきたらどうかと云っている。用具もまだ暫くは平気だろうし、俺達はいつでも…現に今だって、会っている訳だから…」
「…本気で云ってんの」
屑桐の言葉尻を掠って、御柳は穏やかな口調で聞いた。
「意地悪云って虐めてるんすか?屑桐さんの目の前であの子と電話して、遊ぶ約束とかしちゃったから?」
もたれかかって、というかもうしな垂れかかって、御柳は云った。
はっきり云って、自分より図体が大きい
奴にしな垂れかかられると重いんだがな、と云いそうになったのをすんでのところで押し留めて、屑桐は平静を装った。
「…一つの意見だ。嫌ならいい。聞かなかったことにしてくれ」
「…」
御柳はそっぽを向いた。
屑桐は、いつの間にか口の中の飴玉が溶けてなくなっていることに気付いた。
「…御柳、」
「屑桐さん大人気なさすぎ。後輩虐めて楽しい?」
「御柳」
ぴしゃりと云うと、御柳は黙ってこちらを見た。
そしてまた何か文句を云う前に、その口を唇で塞いだ。
「…ん、」
御柳は一切抵抗しなかった。
まるでこれも計画の内、とでもいうように、屑桐の背に手を回した。
やられたな、と思った。
自分から罠に嵌まった節もあるといえばあるのだが。
「…屑桐、さん」
御柳の囁きで意識を現実に引き戻され、目が合ったと思ったら、今度は御柳から口付けられた。
次は屑桐がそれを大人しく受け入れて。
無抵抗でいると、御柳は屑桐の舌を思う存分に味わい、これでもかと云う程唇を合わせていた。
「どー?興奮した?」
唇を離してから暫く余韻に酔っていた屑桐に、満足気ににこにこ笑いながら、御柳は低い姿勢を作って屑桐を見上げた。
「……」
屑桐は目を逸らした。
このままでは、何も隠しもせずにぽっかりと口を開けた落とし穴に、自分から嵌まりにいくみたいだ、と思った。
「照れてんのー?今更?」
御柳がけらけらと笑った。
自分もつくづく、変な奴に引っ掛かったな、と思ってしまった。
「…御柳」
「ん?」
「……俺をからかって楽しいか」
「……」
御柳は一瞬驚いたような顔をしたがすぐに破顔した。
「楽しーすよォ?すっごく」
悪魔のような笑みだと思った。
いけないとわかっていても、惹きつけられる。
「…そうか」
短く返事をすると、御柳を抱き寄せた。
するとすぐに、御柳は屑桐の首に腕を絡ませる。
「安い挑発でも何でも、俺の為に乗ってくれんのが先輩すよねー」
「…かもしれん」
否定は出来なかった。
する気もなかった。
もう一度唇を合わせると、御柳が体重をかけて引っ張るので、御柳を組み敷くようなかたちで倒れ込んでしまった。
「さっきの子ね」
御柳を庇う為、その頭を支えていた手を抜きながら、ぼんやり聞いた。
「電話の子。屑桐さんが好きなんだってさ」
「…」
どう反応したらいいのだろうかと逡巡していると、御柳が笑った。
「良い奴だよ」
「…そうか」
他に返事のしようがなくて、自分でも間の抜けた返事をしたな、と思った。
「屑桐さんにはこーいう奴がいいんだろーなーって思ったんすけど、…」
御柳は云い淀んで、屑桐の肩口に顔を埋めた。
「…御柳?」
「妬いて、くれたから」
「…」
「俺が目の前で他の誰かと話して遊ぶ約束まで取り決めて、それに妬いてくれたし、だからやっぱこのままでいーのかなーって思ってみたりー…」
「……」
「…つーか、だからあいつとは気ィ合ってたんすよねー。同じ人を好き同士、さ。…でも俺男だし勝ち目なかったり?」
云っていることが支離滅裂だが、辛抱強く聞いてやろうと思った。
いつもへらへら笑っているこいつにも、思うところはあるのだ、と。
「御柳」
「…俺ー、」
抱きしめてやると、御柳は屑桐の肩に更に強く顔を押し付けて、くぐもった声で続けた。
「俺、…屑桐さんを好きでよかったんすかね」
「……」
安易なことも云えないので、屑桐は黙ってしまった。
だが一瞬後からその沈黙を後悔した。
安易な言葉でも、何でもいいから欲しいこともあるんだ、といつだったか云っていたのを思い出したのだ。
屑桐は今この瞬間、自分の迂濶さを本気で呪った。
「……」
御柳の肩が震えた。
さっき、一瞬でも頭に後悔を過ぎらせた自分を、更に後悔した。
「…御柳」
優しく髪を触りながら、穏やかに声をかける。
「……何、すか」
顔は見せないまま、御柳は答える。
「再度問う。俺をからかって楽しいか?」
御柳が顔を上げた。
悪戯がばれた子供のような顔で。
「…ダメじゃん」
「何がだ」
「俺」
あーあ、とため息をついたが、御柳は屑桐から離れようとはしなかった。
組み敷いてはいるが、簡単に抜け出せそうなものではあるのだ。
「…あんたを好きでいていーかなんて俺の決めることだっつーの。男同士がどうとかだって、もう気にしてねーし」
自嘲気味に云って御柳は屑桐に口付けた。
「だしょ?」
「お前がそう思うなら、それでいいんじゃないか」
続けて御柳がまた何か云おうとしたところで、携帯が鳴った。
二人ともそちらを向いて、一瞬固まる。
「…取ろうか」
「別にいーし。それよかキスしたいー」
「馬鹿は死ね」
すぱっと云って携帯を取ってやると、口を尖らせながらも御柳は電話に出た。
「もしもしー?」
組み敷かれたまま電話で話すというのも何だかおかしいので、屑桐は一旦体を起こそうとした。
だが御柳が、携帯を持っていないほうの手と足とを使って屑桐に絡み付いて、そうはさせなかった。
どういうことかと思い御柳に視線を送ると、御柳は曖昧に笑ってみせただけだった。
「今取り込み中ー。……ん?そう。彼女ー?だから違うっての」
どうやらさっきと同じ相手らしかった。
「急ぎじゃなきゃ後にして。…ん?どうだろ。流石に4時間ぐらい後なら……ねぇ?」
最後のは屑桐に向けて云ったらしく、視線が合った。
何のことだかなんとなくわかってはいたが、わからない振りをしていたら、口付けられた。
「おい、みやな…」
「うん、じゃあそういう訳で。早くしないと怒っちゃうからさー。…そ。せっかちなの」
云って、携帯を放り出すと、御柳は屑桐に口付け、唇を、口内を貪った。
「ん、ん…ッ、んぅ」
だがあっさり主導権はこちらに渡ってきたようで、舌の裏をつついてみれば御柳は面白いように反応を返した。
「ん…ッ」
屑桐の舌に翻弄されながらも、御柳はその右手で屑桐の服を捲くり上げて、腹の辺りをまさぐっていた。
色々と強かな奴だな、と思って、少し笑ってしまった。
「な…に、笑ってんすかァ?」
「いや…なんでもない」
云って額にキスしたら、御柳はもっと、と云って服を引っ張った。
















END




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意味不明。すぎる。
また携帯ネタかい。
実はまだある。大爆