俺が死んだらさぁ、あと追ってくれる?




首を傾けて、我ながら可愛いと思う最高の笑顔で聞いてみたら、屑桐さんの動きがぴたりと止まってしまった。
















*  後追い  *
















「…どういう死に方だ?」
暫くして返事が返ってきたかと思えば、そんなことを云い出して。
「屑桐さんが、すか?」
「いや、お前がだ」
拍子抜けしながら御柳が聞いてみると、屑桐はあっさりと答える。
「…何だろ。事故死かな」
「どうせお前の場合信号無視か何かだろうな。注意していれば死なん」
すぱっと切り捨てられるが、御柳もまだ食い下がる。
「じゃあ溺死」
「溺死は醜い。発見が遅ければ肉がふやけ、崩れ、肌も想像も出来んような色に変質する。内臓も腐り、体内に腐敗ガスも溜まり、無様に浮かび上がる」
「…」
「お前泳げるか」
「はい、まぁ」
返事は別にどうでもよかったようで、屑桐はまた部日誌に目を落としていた。
泳げるか否かが、溺死し得るかどうかに殆ど関係が無いことは御柳でも知っていた。
一緒に溺れても、まともに泳げなかった人間が助かって、競泳のオリンピック選手が助からないことだってあるのだ。
だが別にそれはもうどうでもよくて。
「じゃあー…轢死は?」
「電車十分遅らすだけでも一体どれだけかかると思っている。それに、見知らぬ大勢に見苦しい姿を曝すつもりか」
見苦しいなんて言葉で片付けていいようなものなのかあれは、と思ったが、云わなかった。
趣旨がどんどん変わっていくような気がするが、それでもまだ続けた。
「んじゃあね、飛び降り」
「下がタイルだとどうなるか知っているか」
「わかりません」
素直に即答する。
屑桐は相変わらず日誌に目を落とし、その上でシャーペンを走らせながらそれに応じた。
「高さがあると、皮膚がタイルに張り付くそうだ。血だの何だのが四方へ飛び散って後始末が大変そうだな。だいたい、これは自発的に起こさなければ殆ど起こり得ないからな。やらなければ死なん」
ふーん、と返事をしながら、御柳は次を考えた。
「首吊りとか」
「首吊りも醜い。失敗すると静脈だけ絞まり動脈は絞まらん状態になる。すると、死にこそするが顔は真っ赤に膨れ上がりもはや誰だかわからなくなる。だが成功しても真っ青になるから大差は無い。まぁ誰か判別するくらいは出来るだろうがな。しかも体中の筋肉が弛緩するから舌は喉の奥から引っ張り出され、排泄物も垂れ流しだ。ドラマで見るような、あんな綺麗な死に方出来る筈が無い」
「あ、あの」
「ん?」
御柳がおずおずと話し掛けると、屑桐は緩慢な動作で顔を上げた。
「何だ?」
「つまり、何が云いたいんすか?」
屑桐の言葉の意を解し切れない御柳は、苦笑いしながら屑桐を上目で見つめた。
「…」
やはり伝わっていなかったのか、と云いたそうな顔で御柳を見つめ、だが屑桐は説明を少しだけ渋ったような様子を見せた。
「…屑桐さんー?」
「死を美化していないか、お前」
「あー…、いや、多分無いです」
「ならいいが」
「何で?」
屑桐はまた日誌に目を戻した。
「俺が後を追うかどうかというのはつまり、俺が死後の世界でもお前と一緒になりたいと思っているのかと聞いているんだととっていいのか」
「ハイ、まぁ」
「死んで一緒になれると思うか」
「ハイ、思いません、まず。あんま目に見えないもんて信じないタチなんすよ。すげぇリアリスト」
日誌に書き込まれていく文字を、綺麗だなと思いながら御柳は目で追っていた。
「一緒になれるかどうかは死なんとわからんだろうな。だから生きている限り考えるだけ無駄だ。後を追うかどうかは、お前が本当に死んだときの、俺の度胸と勢いに任せる」
「度胸と勢い、ねぇ…」
休まず動く屑桐の手をそっと掴んで、シャーペンをすっと抜いた。
抵抗も非難も無い。
「俺の為に、勢いで死んじゃっていいの?家族は?」
「そのときの俺が、そうしたいと思ったのならそれでいい」
「ふーん…」
指を絡めてみても抵抗がなかったので、御柳は口元に薄く笑みを浮かべた。
「だから、お前がまだ生きている内に、どうやってお前を護るかを考えた方がよっぽどましだということだ」
「………え?」
初め何を云っているのかわからなくて、聞き返すまでに妙な間が開いてしまった。
「事故死なら、お前が信号無視しないよう俺が見ていてやる。溺死するなら、水には近寄らせん。轢死するなら、お前がホームから落ちないようお前を紐でくくっていてやる。自殺しようとするなら説得する」
御柳は屑桐の手を握ってぽけっとしながら話を聞いていた。
そんな御柳の様子は気にしないで、屑桐はぽつぽつと続けた。
「要は、お前が死ななければ良いだけだ」
「あぁ…はぁ」
「死ななければ、俺が後を追うかどうかという議論は要らん筈だ」
「そうですねぇ」
やや、いやかなり強引な気がするが、こんなことを当たり前のように云ってのけてしまうこの人が、どうしようもなく好きだと御柳は思ってしまった。
「…死ぬな、御柳」
「……死なねェし」
「ならいい」
何の確認だよ、と思ったが御柳は云わなかった。
こんな確認するだけ無駄だということが、屑桐にもわかっている筈だというのに。
これから一秒後だって、何が起こるかわからないのだから。
「…うん。絶対、大丈夫」
云って、御柳は屑桐の指にキスを落とした。
関節がごつごつしていて、ささくれだっているこの指が、この手が好きだった。
「何かねー、屑桐さん」
「ん」
「今ねー、凄い嬉しいです」
「…」
「予想とは大幅に違う答え返ってきたけど、でも」
屑桐の手を握ったまま、額へ持って行った。
「こっちのほうがずーっといいや。…真面目に取り合ってくれてありがとう。すげー嬉しい」
「そうか」
屑桐は短く返事をしただけだった。
「…ところで」
「ん?」
「何であんなこと知ってたんすか?死体の話」
「昔本で読んだか何かだ。うろ覚えだからそんなに真に受けるな」
「へーい」
暫く二人は手を繋いでいたが、不意に屑桐が手を振りほどいた。
「…ぁ」
「日誌が書けん」
「すんません…」
御柳が笑うと、屑桐は今度は左手で御柳の手を握った。
「だから今はこっちにしておけ」
「…」
何でも無いようにそれを云ってのけて、屑桐はまた日誌を書き始めた。
「く…屑桐さん」
「なんだ」
視線はやはり日誌のままで。
「書きづらいっしょ?放していーすよ」
「そうか?」
それならば、と屑桐はあっさり手を放した。
「でもそれ終わったらさ、また」
「あぁ」
「べたべたくっつくのって好きすか?」
「適度にならな」
「妹弟達で慣れてますもんねー」
「まぁな」
会話をしながらも、屑桐の手は止まらない。
自分だったら絶対書き間違えるな、と御柳は思った。
「じゃー俺と、屑桐さんの兄弟って同じ感じ?」
「そうでもない。似てはいるが何かが違うな」
先程からずっとそっけない返事ばかりだったので、ちゃんとした言葉の返事が返って来て御柳は少し驚いた。
日誌を書いている限りは、最低限否定しているのか肯定しているのかだけがわかるような返事しか来ないと思っていたのだ。
特にそれに不満は無いのだが。
「それってどーゆー意味?」
「…はっきりはわからん」
「何それー?」
「わからん。だがとりあえずお前は弟でも、ましてや妹でも無い。扱いは違って当然だろう」
まるで他人のことのように、屑桐は自分のことを云った。
「変なの」
「かもしれん」
自分でもわかっているようで、屑桐は口の端を吊り上げた。
不意にぱたん、と日誌を閉じる。
「終わったの?」
「あぁ。待たせて悪かったな」
「平気。勝手に待ってただけだし?とにかくご苦労様」
「あぁ」
「帰りましょ」
がたん、と音を立てて立ち上がると、御柳は屑桐の手をとった。
「…」
「俺が死んじゃわないよーに見ててくれんでしょ?」
屑桐が何か云おうとするのを遮ってそう云ってみると、屑桐は薄く笑んだ。
「そんなことも云ったな」
「そんなことも云いましたよ」
言葉はそっけなかったが、指を絡めてきたので御柳も笑んだ。
「屑桐さんとまだたくさん手繋いでなきゃなんねーし、キスもしねーとだし、えっちなこともたくさんしなきゃなんねーし、俺当分死ねない」
「…馬鹿は死ね」
云ってみたら、いつも通り一蹴されて御柳は笑った。
















END




****************
屑桐さんの死体知識(笑)は、私のうろ覚えの知識なので、本当に鵜呑みにはしないで下さい。笑
なんでこんなの知ってんだというつっこみは無しの方向で!爆
屑桐さんがいっぱい喋った話でした。
そして謎な話でした。
ああ・・・。
もし自分が死んだら、後を追ってくれる?
的な話は他のカップリングでも書きたいネタです。




2005.7.14