「…髪、伸びたな」
ベットでごろ寝していたら屑桐さんにそう云われて、いきなり何だと聞く前にその大きな手で頭をぐしゃりと撫でられた。








*  俺の人生最大最高の失敗  *








「そろそろ切ったほうがいいっすかねぇ?」
「…そうだな。野球をやるときには邪魔そうだ」
云いながら、屑桐はずっと御柳の髪を弄くり倒していた。
心地が良いので、御柳も仰向けに寝転がったまま大人しくそれを受け入れている。
「でも触ってんのは長い方がいーでしょ」
「……」
図星なのか何なのか、屑桐は黙ってしまった。
それでも弄る手は止まらないのだが。
「屑桐さん俺の髪触んの好きっしょー?」
にこっと笑って顔を見上げてみれば、少しも動じた様子のない屑桐と目が合った。
「…そうだな」
「よく触るしなー。なんかイメージ合わねぇけどさ」
「そうか」
あはは、と御柳が笑ってみせると、屑桐も少し笑んだ。
「ねー、キスしよー」
「ムードも何もないことを云うんだな」
「アラ?屑桐さんてムードなんか気にする方でしたっけ?」
茶化した様子で、御柳はぱっと跳び起きた。
悪戯っぽく笑うと、屑桐はため息をついた。
「…そうではない。が、多少そういった流れだとかがあるだろう」
「どんなん?」
「…お前今まで一体どういう付き合い方をしてきたんだ?」
「そーゆー台詞よく云われた。だから女の子とレンアイ続かないんすかねぇ?俺」
「……」
今度こそ呆れかえった様子で屑桐は盛大にため息をついた。
御柳は平気そうに笑っているのだが。
「でも屑桐さんはさー云ってる割に結構何も気にしてないっしょ?だから続いてるんだと思うんだー」
「…」
屑桐は何も云わないが、それが肯定を意味していることはわかっていたので御柳は満足気に笑む。
「だから、ね。キスしましょ」
「そこでどうして、だからに繋がるのか」
「いーんですよ、何でも」
云って、屑桐の頬に手を添えて顔を寄せていったところで。


じりりりりり…


「…ん?」
古きよき時代の家にありそうな、古臭い電話のコール。
その音に気を取られて屑桐が身を離すと、御柳はその勢いで前につんのめった。
「あーくそ!誰だよ!」
そう云って、乱暴に携帯を取る。
「…携帯だったのか、今のは」
「そ。黒電話の着信音録先輩からもらって。面白いから使ってるんすよ」
「で、誰からだったんだ?」
何気なく聞いてみると、御柳は不気味ににやりと笑った。
「気になりますー?」
「…」
いや別にそれ程は、と云いかけたところで御柳はにやにやしながら続けた。
「嫉妬とかすかぁ?だーいじょーぶっすよー俺は屑桐さんだけのモンですから!」
「…」
もう返す言葉もないといった様子で屑桐は大人しく聞いていた。
「あ、因みに墨蓮からのメールでした。明日の部活んとき、云ってたCDちゃんと持ってこいよーって」
「…そうか」
「…じゃ、気を取り直して」
ぽん、と携帯を放り出して、屑桐の首に腕を絡める。
御柳のこの切り替えの早さに驚きもするが、最近なんだか慣れてきたような気がしているそれよりも、これからすることに集中しようと御柳の腰を抱いた。
「屑桐さん…」


じりりりりりり……


「てぇ、またかよ!?」
憤慨したように御柳はぱっと身を翻す。
屑桐もあえて引き止めもせずに御柳を解放した。
御柳の長い腕が携帯電話を手繰り寄せて。
「もしもし?」
今度は電話のようである。
「あーもー録先輩!?何すかぁっ!…え?…そう!今取込み中だったんすよー。で、何の用すか?」
電波でも悪いのだろうか、少し大きめの声で話す御柳をぼんやり眺めていると、その視線に気付いたのか御柳は屑桐のほうを見てにっこりと笑った。
「…はい。……え?あ、はいはい。平気っす。…ん、はい、どーも。んじゃまた」
ぱたん、と乱暴に携帯を畳んでまた放り出し、御柳は屑桐に擦り寄った。
「…なんで今日は皆意地悪なんでしょーね」
「録か?」
「ハイ。パソコン弄ってたら、なんかよくわかんねーとこあったから、聞いてたんすよ。したらさっきやっとわかったらしくて」
パソコンのことは考えるまでもなく自分の管轄外なので、深くは聞かずに屑桐は只短くそうか、と云っただけだった。
「…屑桐さんは、俺に優しくしてくれますよねー?」
「いつも優しいだろうが」
「嘘ォ。あれ優しいって云うんすかー…?」
云いながら、すっと唇を寄せて、吐息を感じる程まで顔を近づけた。
「…御柳、」


じりりりりりりり…


「また、…ん…ッ!?」
再度鳴る携帯電話のほうへ気が行った御柳を少々荒っぽく抱き寄せると、屑桐はそのまま口付けた。
「んん…ッ、は…」
まだ携帯を取ろうとでもしているのか、少し抵抗を見せる御柳をベットに押し付けると、丁寧に歯列をなぞって口内を味わった。
「ぅ、ン…ッ…んん、」
くちゅ、と濡れた音が聞こえて、聴覚からも犯されているような気分だ、と御柳は思った。
暫くしてどちらからともなく唇を離す頃に、いつのまにか携帯のコールが消えていることに気付いた。
「…誰から、だったんですかね」
口元を拭いながら、変なところで言葉を切って訪ねてみる。
すると、御柳の上にのしかかってどく気のない屑桐が、携帯の方へ手をのばした。
そして躊躇なくぱかりと開く。
「…蛮奉だ」
「桜花さん?珍しい…」
確認だけすると、静かに携帯を閉じてそのままそっと脇に置いた。
「…」
この体勢はなんだろうな、と御柳はとりあえず思った。
「ヤるんですか?」
「身も蓋もない云い方をするな」
「でも当たりっしょ?」
「嫌ならいい」
云うと、屑桐はあっさり御柳の上からどいてしまった。
本当に俺が嫌がっているなんて思ってる訳じゃなくて、只出ばなをくじかれたからすねてんじゃないの、とか云ってやろうと思ったが、やめた。
「何ーヤる気なくしちゃったんすか?」
「…」
じろりと見られたが、お構いなしに御柳は屑桐の膝に跨がった。
「それとも何?つれないフリして俺に乗ってほしーの?」
ぺろ、と唇を舐めて、煽ってみたのだが。
その甲斐虚しく、額にでこぴんを食らってしまった。
「ひっでー!カワイイ後輩に何てこと!」
「“カワイイ後輩”が、先輩の上にのしかかってそんな台詞吐くものか。さっさとどけ」
「後悔しますよー?」
「しない」
あっさりそう切り捨てられ、悔しいのでとりあえず額にキスをしてから離れた。
「…先輩って、すねると手強いタイプですね」
「…」
ここで力一杯否定してみても、肯定しているのだとしかとられないことがわかっていたので、屑桐はあえてその言葉を無視した。
「…まいっか。珍しく強引なキスもされちゃったし、今日はそれが収穫」
にひ、と笑うと御柳は携帯を手繰り寄せた。
「…あーあ。桜花さんかけ直してこねーし。ま、明日でいーかなー」
「携帯代かかりそうだな、お前」
「そーすか?こんな立て続けにくんのも大分珍しーんすよ。…それに、」
「それに?」
「携帯って、あるとすげぇ欝陶しいけどないと不便だから、あんま好きじゃない。こんな厄介なモン発明した人を恨みます」
屑桐は、意外だといった表情を浮かべた。
御柳はある程度それは想定していたようで、そんな屑桐の表情には動じなかったのだが。
「何かにね、依存してる自分って嫌なんすよ。だからあんま携帯ってオモシロイ物には思えなくて。思いたくもないし」
「…お前らしい」
「そすかね。でも俺、今人生最大の失敗を犯したなと思ってます」
「…何だ?」
何気なく、屑桐が聞き返してみると、御柳は極上の笑みを浮かべた。
こんな笑顔を見られるのは、自分だけであったらいいなと切に想っている自分を、罵りたいと屑桐は思った。
「俺屑桐さん好きでしょ。なぁんか、これ依存しちゃってるんじゃないかなー、って」
「…」
「…だから」
こて、と屑桐の膝に頭を乗せて、幼い子供のように甘える御柳の髪を指に絡ませて。
「だから、俺の傍からいなくなっちゃやですよ」
「…いなくなるか」
呆れたように、呟く。
その様子も、この状況では何だか嬉しく思えた。
「環境が変わるのはあまり好かないからな。今のままで在りたいと思っている」
「安定指向なんすね、結構」
「…まあな」
御柳の髪は触っていて、何とも云い表し難い気分になる。
だが、言葉こそ見つからないものの、それでも好きなことには変わりはない。
自分も御柳に依存しているのではあるまいな。
そんな気持ちを打ち消すように、屑桐は御柳の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「な、何するんすか」
「…長いな」
「…うん。さっき聞いた」
「切れ」
「へーい」
のんびり返事をすると、御柳は目を閉じた。
「…」
暫くするともう寝息が聞こえてきて、屑桐はまた御柳の髪を弄り始める。
「…まさかな」
先程浮かんだ不穏な考えを口に出して否定して、また指先で髪を遊ばせる。
「まさか」
そう、そのまさかが起こってたまるか、である。
ぐるぐる考えながら御柳の髪を弄り続け、だがまた暫く経つとそれにも飽きたので、屑桐は御柳の隣で眠ることにした。
















END




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うん、何と云うかもう、甘いの好きですよ、私。笑
屑桐のまえでだけでれでれしてる御柳が大好きです。笑笑




2005.7.11