引きこもりのバンパイアなんかしゃれにならない。
















*  会いたかった、と僕が言う  *
















「これ、ダレン。寝ているのか?」
「あ?あ…、あ、うわ、ごめんなさいパリス元帥」
机に向かったままうとうとしていたダレンは、パリスの言葉で跳び起きた。
そんな様子のダレンを見て、パリスは微笑む。
「お前、相当疲れているようだな?少し休んできて良いぞ」
「大丈…、大丈夫です」
目元をごしごしこすり、ダレンは云った。
「疲れてるのは僕だけじゃないです」
「はは、頼もしいな。だがお前、一体何日ここにこもっているつもりだ、ダレン?」
「え。えぇと…、」
パリスの言葉を受けて、ダレンは指折りでこの元帥の間にこもり始めて何日経ったかを数え始めた。
一週間経っていることは確かだが、それ以上はあまり思い出せなかった。
元帥の間の奥で寝泊まりをし、食料は誰かしらが持って来てくれるものを、それこそ与えられるままに食べ、体が凝れば部屋の中で跳ね回ったりと、酷く閉鎖的な生活を送っていた。
最近はやたらと元帥の間を訪れる将軍が多く、寝る時間がかなり削られていて、今など36時間程寝ていない。
クレプスリーとは元帥の間にこもるより、もっと前から会っていない気がする。お互い忙しかったのだ。
元気にしてるかな、とぽつりと考えた。
こんなに近いところにいるのにそんなこともわからない。
「…何日、ですかね」
譫言のように呟いて、ダレンは指で数えるのをやめて、掌を丸めた。
「本当に大丈夫か?少しくらい抜けても平気だぞ」
「大丈夫です」
ダレンはにっこり笑んで、近くにあったリストを手繰り寄せた。順番待ちしている将軍達のリストだ。あまりにも混雑し混乱しているので、ダレンが作ったのだ。
「パリス元帥こそ、休んで来たらどうです?僕よりずっとずっと働き詰めじゃないですか。でしょ?」
微笑みかけると、パリスも笑って、大きく息を吐いた。
「ほら、今ちょうど皆御飯食べてる頃ですよ。気晴らしとか、気分転換とか、とにかく疲れを取って元気になったら帰ってきて」
パリスの腕をぐいぐい引っ張り、ダレンはパリスを元帥の間から引っ張り出そうと足を踏ん張った。
「ダレン、ダレン。これでは逆ではないか?お前が休む話だった筈だ」
「だって、僕より休んでないじゃない。僕が休む話じゃなくて、疲れてるんなら休みなよって話だったじゃないですか」
パリスを扉まで引っ張り、扉を大きく開け放つと、ダレンはパリスににっこり笑いかけた。
「そうでしょ?過労で倒れた貴方を看病するのなんか勘弁願いますよ」
「云ってくれるな、ダレン?」
ふふ、と笑うと、ダレンは手を振った。
「すまんな。それじゃあお言葉に甘えて」
「いってらっしゃい」
云って、ダレンはその場に佇んでパリスの後ろ姿が見えなくなるまでぼやっとしていた。
そして大きく息を吐き出して、踵を返す。
「ダレン!」
その背中に呼び掛けてくる声を聞いてダレンは振り返って、数歩戻った。
「……あー!!」
声の主を目で捕らえて、ダレンは大声を上げる。
鳥肌が立った。口許が自然に綻んでくる。
「クレプスリー!!」
負けないくらい大きな声で呼んで、ダレンはクレプスリーに駆け寄った。
「おお、どうなされた元帥閣下。幼稚返りですかな」
「馬鹿っ」
軽い口調で云ってクレプスリーは笑み、腕を広げた。
その腕の中にダレンが思い切り飛び込むと、勢いで2人とも倒れ込んだ。
「痛い…、」
「限度というものを知らないのか、ダレン?」
「うーん、今ちょっと頭から抜けてたかな?」
上体を起こしたクレプスリーの膝の上に乗っかって、ダレンは笑った。
「久し振り、クレプスリー」
「そうだな。仕事は順調か?」
「まあまあだね。大変なんだから、もう」
「パリス元帥はどうなさっている?」
「さっき休憩しておいでって送り出したんだ」
「…何を…している?」
突然降ってきた声にはっとしてダレンが顔を上げると、通路の少し先にハーキャットが立っているのが見えた。
マスクをずらし、だがそれでも表情がいまいち読めないが、なんとなく胡散臭そうな感じの顔でダレン達をじろじろ眺めていた。
「わあ、ハーキャットだ。久し振り」
相変わらずクレプスリーの膝の上に寝そべったままへらへら手を振ると、今度は呆れたような顔になった。これも気のせいかもしれないが。
「クレプスリー、…バンパイアの掟より…先に、通路での立ち居振る舞いは…ダレンには教えてやらなかったのか?」
「我輩はダレンを過大評価しすぎていたようでな。生憎ながらそれはこれからだ」
皮肉に皮肉で返すクレプスリーと、通路に寝転ぶダレンの両方ににやりと笑いかけるとハーキャットはそのままのろのろと去っていった。
「なんなんだよあいつは!」
ハーキャットの後ろ姿を眺めながらダレンは跳び起きて、悪態をついた。
「そういえばだな、ダレン?」
「ん?」
「先程パリス元帥を送り出したと云っていたが、そうしたら今元帥の間は、」
「うわ、そうだ、空っぽなんだ」
くるりと方向転換をし、ダレンは元帥の間へと駆け戻った。
扉を大きく開け放ち、ダレンは手招きをする。
「早くー。僕じゃないと開けられないんだからさ」
そんなことはわかっている、と思いながら、クレプスリーは早足で歩み寄った。目まぐるしい程ダレンの行動には落ち着きがなく、目が回りそうだ。
「…将軍が来る予定は?」
ダレンの目の前を通り、元帥の間へと足を踏み入れ、クレプスリーは尋ねた。
なんでもないようにダレンは答える。
「そのうち来るんじゃないかな?順番待ちしてる人はまだたくさんいるから」
ばたん、と扉を閉め、ダレンは適当に席についたクレプスリーを確認してから自分の席に座った。
「考えをまとめるの結構上手いみたいだよ、僕。日記を付けてたのが役に立ったみたい」
いろいろまとめて文章に著した、切れっぱしのような紙をひらひらと見せ、ダレンは云った。
「字は汚いがな」
「何だよ。読めないくせに」
「アルファベットが綺麗か汚いかぐらいわかる。それに…ここに我輩の名前が書いてある」
細く、骨張った指でクレプスリーは文字列を指差して、切れっぱしを放り出した。
「うん」
「何と書いてある?」
「その件は今は保留。あとでクレプスリーと考えます。っていう感じ」
そうか、とクレプスリーは頷いた。
「…」
「……」
妙な間があいた。
そわそわして、ダレンがクレプスリーをちらりと見上げた。
それでもクレプスリーと目が合うと、さっと目をそらしてしまう。
「なんだ、ダレン」
「…な、んでもない」
不躾にクレプスリーは訊くが、ダレンは言葉を濁しただけだった。
そんなことをしていたが、ダレンは不意に立ち上がって、部屋の奥まで小走りで向かって行った。
その姿を目で追い掛けて、クレプスリーはまた紙切れに目を通した。ダレンが手遊びか何かで落書きした変な絵があった。
「ちょっと!」
奥からダレンが呼んで、クレプスリーは顔を上げた。
「ダレン?」
「ちょっと来て」
「何だ?」
「いいから!」
「何だというのだ」
云って、クレプスリーは渋々椅子から腰を上げた。
だがそこから動こうという気があまり見られなくて、ダレンは苛立った声を上げる。
「ラーテン!」
「…、はい」
呼ばれた勢いで、クレプスリーは妙に緊張した声で返事をした。
「こっちへ」
「はい。元帥閣下」
冗談とも本気ともつかない口調でお互い云い、そしてクレプスリーはすたすたとダレンに歩み寄った。
「如何なされました?」
「ホント野暮ったいね、あんた」
にやりと笑んで、ダレンは近くまで来たクレプスリーに手を伸ばし、そして一生懸命背伸びをして、その首に抱き着いた。
「ダ、ダレン」
「会いたかったよ。ラーテン・クレプスリー」
「…ああ」
ダレンの言葉を聞いて、頭を撫でてやって、クレプスリーは頬笑んだ。
「やることに一段落がついた。たった今からとは云えないが、それでもすぐにまたここにいられるようになったぞ」
「ホントに?僕の補佐、またしてくれるの?」
「ああ」
「よかった」
首が絞まるのではないかと思うほどダレンはきつく抱き着き、クレプスリーはその様子に苦笑した。
「どうした、ダレン?たったの数日ではないか。バンパイア・マウンテン付近から離れることもしていないぞ?」
そろそろと体を引き離しながら、ダレンは答える。
「だって。来てくれるって云ったのに来てくれないし。ほんの前までは補佐だとか何だでずっと一緒にいたのにさ。あんたがいないと、…寂しいっていうより変な感じがしたんだよ。調子狂う」
ダレンの眉間に寄ったしわを眺めてクレプスリーは笑い、少しだけしゃがんで目線を合わせた。
「きっとそのうち慣れる」
ダレンの頬を撫で、クレプスリーが云うと、ダレンは口をへの字に曲げた。
「そんなの、今じゃないよ」
「ん?」
「今じゃ、ない。まだまだずっと先だよ」
「…ダレン、」
微笑んだままで、クレプスリーは眉尻を下げた。
「クレプスリーだって絶対、寂しくなるんだ。あんたなんかいなくたって平気だって顔してる僕を見て、寂しくなるんだよ」
尖った声で云って、ダレンはまたクレプスリーに抱き着いた。
「…馬鹿だ。あんたなんか」
「そう、だな」
苦笑して、クレプスリーはダレンの背中を撫でてやった。途端に、へなへなとダレンの体から力が抜けた。
「どうした?」
「も、疲れた…。眠いよ、すごく。ずっと寝てないんだよ、僕」
「多忙ですからな。元帥閣下は」
「…まったくだ」
呟いて、ダレンは目を閉じた。立ったままだが、こうやってクレプスリーに寄り掛かってなら今すぐにでも眠れる、と割と本気で思った。
だが突然元帥の間の扉が開き、ダレンはぱっと顔を上げた。クレプスリーもさっと視線を滑らせる。
「おお、ラーテン」
「パ、」
「パリス元帥!」
クレプスリーを遮って、ダレンは大きな声で、扉を開けて入って来たパリスの名を呼んだ。そして続いて入ってくるハーキャットの姿も見付けた。
「と、ハーキャット。お前何しに来たの?」
「ひどい…云い草ですね。元帥閣下」
見てみれば、ハーキャットはダレンの服を持っていた。ダレンは首を傾げる。
「…僕の服着る気?」
「まさか。お前の服なんか着るぐらいなら…裸でいる」
「まあ、確かに僕の服じゃセンスが良すぎてお前には似合わないかもね」
云ってにやりと笑ってみせると、ハーキャットも同じように笑った。
「まあ、そういう訳だ」
「承知致しました」
パリスとクレプスリーは目配せをして何事か意志の疎通をはかったあと、頷き合った。
意図が掴めずダレンが眉根を寄せると、そんなことはお構い無しにクレプスリーはハーキャットからダレンの服を受け取り、空いた手でダレンの腕を掴んだ。
「ちょ…、何?」
「引きこもりのバンパイアなどしゃれにもならんだろう。お前には休息が必要だ、ダレン」
引っ張られるままについていくダレンの背後で、パリスが穏やかに云った。
「パータ・ビン・グラルの間から出るまで、…まあせいぜい息をしていられたらいいな。だがそれはそれで…永遠の休息になる」
ハーキャットの言葉を聞いて、ダレンは背筋が薄寒くなった。
「じょっ、冗談じゃ無い!弱ってるときにあんなとこ放り込むなんて、殺す気!?」
「御冗談はお前のほうだぞ、ダレン。今のお前は少しくさい」
「…!!」
クレプスリーにまで追い撃ちをかけられ、どう反撃していいのかわからなくなり、とりあえずダレンは青くなった。
「あの、あの、パリス元帥!」
間を出る間際、ダレンは叫んだ。
「ごめんなさい、ありがとうございます!ちょっと休憩したら直ぐ帰ってきますっ!それまでハーキャットを僕だと思ってこき使って下さい」
直後にばたんと扉が閉まり、暫くは扉の向こうからダレンとクレプスリーの話し声が聞こえていたが、やがて聞こえなくなった。
「…と、いうことだ、ハーキャット。手を貸していただけるかな」
「勿論…、喜んで」
云って2人はのんびり椅子に腰掛けた。




















END




********************
傍にいてくれないといやだよ、という話。
クレプーの字の読み書きについて知るのはもっと後だったな、とか気付いたのは書き終わってからです。大爆
お粗末さまです。




2006.5.22