* 繋がる世界 *












「たまには…愛憎劇を書いてみるのも楽しいんとちゃうかな、とか…」
「馬鹿らしい」
パソコンに向かって放った独り言を、見事に切って落とされる。
有栖川はさして気に留めた風もなく、パソコンのバックスペースキーを押した。押し続けた。
「何やってる。書いたものが消えてるぞ」
「消してるんやんか」
「下らない愛憎劇だからか?」
「…うん。火村先生にとってはとっても下らんくて馬鹿らしい愛憎劇やからや。あかん。向いてへんな」
言って、有栖川は大きな息を吐いた。
そんな有栖川の背を、火村はキャメルの煙を吐き出しながら見つめた。
「書きたいのか、昼メロみたいなのを」
「別に。書きたいわけやない」
ならば何故、と返すのを留まって、火村は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
「…つーか。何で今日君はメンソールを吸ってんのかがちょっと気になる」
「別に大した理由なんかない」
言いながら、火村は早速新しい煙草に手を伸ばしていた。その火村を、有栖川は振り返る。ただ煙草に火をつける瞬間を見たかったのだ。
「当てたろ。きっと当たる」
「…」
凝視されているのを意識しながら、火村はコンビニで買った安っぽいライターで、煙草に火をつけた。
「君はいっつもソレ吸ってんねんから、パッケージ間違えて買うなんてありえへんやろ。メンソールは緑一色やねんし」
「ああ」
ふう、と思い切り吸い込んだ煙を吐き出して、火村は頷く。
「研究室の院生にでも買いに行かせたんやろ。したら自販機とかで普通にメンソ買ってきよった。キャメルはメンソしか置いとんらん自販機やらコンビニなんざざらや。違うか?」
「ああ。まあ、当たりだな」
口の端を歪めて笑んで、火村はやっと有栖川に視線を送った。
だが当たったのに何故か釈然としないものが有栖川の心に広がった。
「何でそんな感動がないねん。当てたやないか」
「突っかかるな。そんなこた、ちょっと考えてみればなんとなくわかる。ついでに俺は、メンソールは嫌いなんだ」
「ふうん。そうかい」
返事をしながら、自然と有栖川の口はへの字に曲がる。
そんな有栖川には頓着せず、火村は煙草を灰皿に置いて、論文に目を通し始めた。
「何なん。君、何しに来たん?」
ふん、と鼻から息を吐いて、有栖川はまくしたてる。
「締切前の俺が死にそうなんは作家として当たり前やけど、書き始めも相当ヤバいんやって知ってるやろ?やからあかんて言うたのに来るし、折角出た案馬鹿らしいとか言うし、話しかけてみたら素っ気無いし。意味わからんねんけど」
置いた煙草を咥えて、火村はもう一度有栖川を一瞥した。そしてまた論文に目を落とし、ふん、と嫌な笑みを浮かべる。
「会いたかったんだよ。お前に」
「嘘や。絶対嘘」
「何故言い切る」
「言い切れる。そんな顔して言われたら、絶対や」
言って、有栖川はパソコンに向き直った。
火村は立ち上がって、のんびりと有栖川に歩み寄った。
有栖川はその気配を感じているものの、素知らぬふりをしてパソコンのキーを打つ。内容などとても出版出来そうもない出来損ないな文章だったが、知らぬ風を演じるにはそうするしかなかった。
「…悪いな、アリス」
「な、何が」
耳元で囁かれて、有栖川は体中に鳥肌が立つのを感じた。
「そんな顔もどんな顔も、俺にはこの顔しかねえ。お前には悪いがな」
「…、んまに…っ」
「ビール貰うぞ」
「君にやるビールなんざないわ!」
「はいはい」
逆上する有栖川を飄々とかわし、火村はすたすたとキッチンへ向かう。そして冷蔵庫を開けて、あれ、と呟く。
「何だ。本当にないのか」
「やから言うてるやんか」
「嫌味かと思うだろう、あれは。…仕方ないな」
言って、火村は缶酎ハイに手を伸ばした。
「カシスオレンジ?まあ、いいだろ。これで」
「いくないわ!何勝手に選んでんねん」
「口動かしてないで手を動かせ、手を。有栖川先生」
冷えた缶を手に持って、冷たい台詞を吐きながら火村は再び有栖川に歩み寄った。
ふん、と鼻を鳴らして有栖川はまたもバックスペースキーで文章を消した。
「消えてるぞ、大切な文章が」
「消しとるんや」
「折角書き始めて、少しは落ち着くのかと思ったんだが」
「安心し。案は決まった。某大学冷徹助教授が地獄に落っこちる話、書くことにしたさかい」
「…」
返事はせず、ぷし、と音を立てて火村はプルタブを引いた。
「随分と楽しそうな話だな」
「そうや。楽しいやろうな、書いてる俺は」
「なあ、アリス」
「ん?……ひゃあッ!?」
突然妙な声を出してしまったことに赤くなりつつ、有栖川は慌てて振り返った。
「いきなり何すんねん!」
「何って、これだろ」
笑って、火村は缶を目の高さまで持ち上げた。
何のことはない、火村が有栖川の耳に冷たい缶を押し付けただけなのだ。
「中学生みたいなことすんなやっ」
有栖川が言ったそばから、火村はその“中学生みたいな”屈託のない顔で笑っている。
普段見ることのないそんな笑顔を見せられて、有栖川は更に頬が紅潮するのを感じた。
「お前の反応も、中学生みたいだぜ、アリス」
「ああ言えばこう言う…」
「とりあえず、ひと段落着いたんだろう?」
「は?」
「書き出しが決まったんだろ?」
言って、火村は有栖川の顎を掴んだ。有栖川は過剰なぐらい慌てる。だが焦りすぎてそれが行動に出ない。
「まっ、待て待て待て火村…っ」
「待っただろ。充分」
「火村…、まさか、最初っから、そのつもりで…?」
「当たり前だ。なんていうかな、あれだ。気分が高揚してるんだ。今まで待ってやっただけでも感謝してほしい」
「あほか、それは勝手な言い分ってやつ…」
言っている途中で、無理矢理に口付けられた。反抗したい気持ちは山々だが、手は勝手に火村の背を抱いている。
「お、落としたら、絶対君のせいや…」
「俺を見本に書くんだろう?いつだって協力してやるさ。言っとくが、地獄に落ちるならお前も道連れだぜ、アリス。俺独りだけ苦しい思いをするのは、ごめんだね」
「どこまでも、自分勝手な男やな、君は」
笑って言うつもりが、笑えなかった。それどころか少し頬が引き攣ったような気さえする。
嫌だといっても、駄々をこねて椅子に齧りついても、火村は無理矢理有栖川を自分のいいようにするに違いない。
落とすかもしれない原稿の心配だけをして、有栖川は火村のシャツをぎゅっと握った。




















END




********************
いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………。死
ありえない!こんなの火村じゃない!こんなの有栖川じゃない!死死
とか言いつつこんなんしか書けなかった。腕がなかった…。
けど楽しかったぜ初ヒムアリ★死
精進しようっと…。ふう。




2007.12.22