花火をしよう、と突然家に押しかけてくる馬鹿は、なにも御柳だけではないらしい。
















* 選択肢 *
















「…、」
「芭唐も一緒ですよ」
「ちわーす」
玄関のチャイムが鳴り、屑桐が戸を開けるとそこには花火を手に提げたが立っていた。
横には御柳も立っている。
「花火やりましょ」
「花、火?」
「安いんですよ、スーパーで。夏もう終わりだから」
「そ。やりましょーよ、花火」
屑桐がほうけていると、笑顔を崩さずが屑桐の腕に飛び付いた。
御柳も負けじと屑桐のもう片方の腕をとり、引っ張る。
「こら、お前ら…」
「嫌ですか?」
が屑桐の顔を覗き込んだ。
「どうせ勉強詰めなんでしょ。たまには遊んどかねーとしんどいっすよー?」
「あ、あぁ…」
御柳にも云われて、屑桐は曖昧に返事をする。
「約束したでしょ。花火やりましょ、って」
にこ、と御柳が可愛く笑ってみせる。
後は御柳に任せて、は屑桐の腕を放した。
御柳は屑桐を説得、もとい丸め込む、または良いように流していくのが上手い。
屑桐にとって御柳というのはそれ程大きな存在であり、だからこそ云うことを聞いてしまうのだということを二人とも理解はしている。
そしてそれを、もきちんと知っているからこそこの場は任せたのだ。
「…少し待っていろ。用意が要る」
「やったー」
「バケツもちゃんとありますよォ?」
「屑桐さんの用意っしょ。すげー普段着っつーか部屋着だったし」
「あ、そうか」
御柳が云うと、は気の抜けた返事をした。
互いに奥へと消えていく屑桐の後ろ姿を眺めていて、直ぐ隣にいる人間になど注意はいっていないようである。
が不意にバケツを目線まで持ち上げ、云う。
は花火をバケツに放り込んであるのだ。
「花火足りるかな?」
「足りなかったら買ってこいよ」
「俺かよ…」
「はいくんじゃーんけーん、」
「ほい」
「やっぱ負けてやんの」
「勝てた試しがねーやい…」
云いながら、は自分の出したパーを握ったり開いたりしながら眺めていた。
続いて、財布の中身を考える。
今持っている分の花火の支払いは、三分の一が御柳持ちで残りがだ。
ダイスなんかで決めようというのが間違いであった。
ダイスで御柳に勝っている人間など屑桐以外に見たことがない。
「何だろ。頭の差?」
「俺のが阿保だって云いたいの?」
「逆だ、馬鹿者」
得意げに笑っていた御柳の顔面に、何か黒いものが飛んで来た。
「あいたっ」
それは見事に命中し、御柳の頭に引っ掛かっている。
「暫く持っていろ」
「あぁ、上着か…」
いきなり飛んで来た謎の物体に不信感たっぷりな視線を送り付けていたが、それが屑桐の上着とわかっては一息つく。
「愛が痛いですよォ」
「煩い」
ぴしゃりと返して、屑桐は玄関の鍵を閉めている。
「やだなー。俺の居場所なくなっちゃうからいちゃつくのは後にしてくださいよ?」
「だから、…」
呆れたように屑桐は云いかけて、やめた。
きりがないのがわかっているからだ。
「さっ行きましょう」
「行きましょー!」
そんな屑桐に上着を押し付けて、御柳は歩き始めた。
それにが続き、屑桐が続く。
「そーいや弟君達は?屑桐さん」
「…あァ。父親の実家のほうに行っている。明日か明後日かに帰ってくる」
「金曜ですからねェ。2泊とかいって小旅行みたいじゃないですか」
「そうだな。旅行に行くみたいにはしゃいでいた」
「あいつらだけで行ったんすか?電車とか乗って?」
「あァ。初めてではないし、向こうの駅で迎えも待っているからな」
「すごーいですねー。流石屑桐さんの兄妹っていうか。俺、小学生高学年になるまで子供だけで電車乗ったことなんかなかったですよ」
「それってだけじゃん?俺あったし」
「嘘ォ」
「俺もあったな。低学年ぐらいだったか」
「ええぇ、なんか俺赤っ恥曝した系?」
道中なんやかやと煩くしながら、3人は公園へと辿り着いた。
花火禁止と書いてある看板が立っていたが、3人揃って無視した。
屑桐曰く、ごみをきちんと回収して、周辺の家に迷惑になる程騒がなければ問題ないだろう、とのことだった。
はァい、とと御柳は小学生並の元気な返事をし、花火の袋を開け始めた。
後ろで溜息をついた屑桐には、仲良く気付かないふりである。
「わ、線香花火たくさん入ってるー」
「やんなよ」
「わかってるし。線香花火は最後にやるのが定番でしょ」
「違ェし。俺と屑桐さんでやるから触んなっつってんの」
「小学生以下か、お前は」
と御柳がそんな会話を交わしながら花火を漁っていると、蝋燭に火を点けていた屑桐からまた御柳目掛けて上着が飛んで来た。
「…上着でも五光いけるんすね」
「あはは、すごーい」
皮肉めいた口調で御柳が云ってみると、は無邪気に笑った。
手に負えない、と屑桐は気持ちと話題とを切り替えて、花火の袋を一つ持ち上げる。
「御柳」
「ん、」

「あ、どうも」
色々な種類の花火を数本まとめて、御柳ととに投げて寄越した。
「見て選んだからといってどんな花火かわかる訳でもない。やるならさっさとやるぞ」
「はーい」
「あはは、屑桐さんらしいお言葉」
さばさばと屑桐は初めの花火に火を点けた。
「わー。きれーですねー」
「小学生かよお前。感想が幼稚だ」
「うるっさいなァ馬鹿芭唐」
「ァんだよのくせに。馬鹿
「語呂悪ーい」
「こら、お前ら喧嘩をしている場合か」
喧嘩腰にとげとげと話しながら、だがいたってスムーズに二人は花火に火をつけていた。
花火を眺めながらロマンチックに口喧嘩なんて屑桐は初めて見る。
屑桐は、二人のその仲の良いんだか悪いんだかわからない様子を眺めながら、溜息をついた。
二人の喧嘩はいつものように見ているが、未だにあまり慣れたとは思えない。
「違いますよォ。コミュニケーションの一環です!」
「喧嘩するほど仲良いっつーんですよ」
屑桐の口出しにも、二人は仲良く反論してくる。
「…そうか」
やはりよくわからない二人に、屑桐は首を傾げるしかなかった。
















花火はあらかた無くなってきていた。
御柳4割、4割、屑桐2割ぐらいの偏り具合で減っていた。
屑桐のペースはおそらく平均並かそれを下回る程度なのだが、御柳とが競って次々と花火に火を点けているうちに猛烈な勢いで減っていったのだ。
屑桐さん見て見てーとはしゃぐ二人を見ながら、小学生以下だと思わずにはいられなかった。
「最後ですよ。線香花火!はい、屑桐さん」
「あァ、」
「はい、芭唐」
「えー、けちくねェこれー。の分ちょうだい」
「馬鹿芭唐。埋めるよ」
「埋めるときは屑桐さんちの墓にしてね」
またよくわからないやりとりをしている二人に背を向け、屑桐は静かに溜息をついていた。
花火など久し振りだし、最近は受験勉強のため学校に行く以外は家にこもりきりだったから、正直なところ楽しかった。
二人の喧嘩も、なんだかんだいって見ていて楽しい。
二人が自分を慕って寄って来てくれているのもわかるので、それも嬉しい。
「屑桐さん」
「…御柳、」
「大丈夫ですか」
「…少し、ぼんやりしていた」
「疲れてるんじゃないすか」
「あァ……いや、そうでもない。…はどこへ行った?」
を探すように屑桐が辺りを見回すと、それを制すように御柳がさっと指を絡めてきた。
「気ィ使って消えてくれました」
「そんな、」
「最近二人っきりになんの久し振りでしょ」
「…そうだな」
御柳が身を寄せると、屑桐は薄く笑んで御柳の髪を撫でた。
「寂しかった、です」
「すまない」
「…気にしないで下さい。仕方ないもんね。あともう少し我慢します」
「…すまないな」
「埋め合わせ、期待してますからねー」
にっこり笑うと、御柳は屑桐の腕を引っ張った。
「やりましょ。花火。折角がくれた時間だし」
「あァ。・・・の方も埋め合わせが要るな」
「菓子でも買って与えりゃ充分すよ」
「お前ではあるまいし、そうもいかないだろう」
「ひで。俺そんな扱い?」
「そんな扱いだ」
ふっと笑うと、屑桐は御柳に口付けた。
掠めるだけのようなキスを物足りなく思った御柳が屑桐に擦り寄ったが、屑桐は微笑んだだけだった。












「・・・…………」
ベンチに佇むは花火を手で遊ばせながらぼんやり二人の様子を眺めていた。
距離がある上に暗くてあまりよく見えないが、とりあえず甘い雰囲気を放っているだろうことだけはわかった。
「・・・知ってる?芭唐」
独りで線香花火など虚し過ぎて出来たものではないと思いながら、火のついていない線香花火をつまんで、呟く。
「俺が屑桐さん好きだって知ってるよね?・・・もー、やだよ、俺は」
半ば自棄になりながら、はベンチに足を乗せて、その足を抱いた。
「こんな切ない恋するつもりじゃなかったのになー」
はあぁ、と深い溜息をついた。
そして、その溜息が白く染まっていることに気が付いて、そこで初めて、薄ら寒い季節になってきたことに気付く。
「あーさむい。寒いよ、心が。切ない。もーやだっ」
更に自棄になったは勢いよく立ち上がると、二人のもとへずんずん歩いていった。
「お二人さーん!もうお時間ですよv俺も混ぜて下さいなァ」
「語尾にハートとかつけんなきしょい!帰れよ」
「こら、御柳。・・・その、すまなかったな、
振り返った屑桐にかけてもらった優しい言葉にだけ聞いて、はにっこり笑んだ。
「いいえ。お二人の為に俺は尽力を尽くすって決めましたから」
本心なのか嘘なのか自分でも良くわからなかったが、は使わなかった線香花火をポケットに突っ込みながらそう云った。
「お二人っていうより、主に屑桐さんだろ、お前」
茶化すようにそう云って、御柳は肩に羽織っていた屑桐の上着をに投げて寄越した。
「な、」
「後片付けしてやっから。お前荷物持ち」
「寒くないか?着ていていいぞ」
「・・・・・・じゃ、遠慮なく」
屑桐にかけてもらった優しい言葉に素直に従うと、はのそのそと一回り以上大きい屑桐の上着に腕を通した。
「・・・あったかい、です」
「屑桐さんの上着だしー」
全くもってその通りだ、と思いながら、蝋燭やバケツを回収している御柳の背中を見た。




















END




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不思議な終り方で。爆
悲恋といえばそうでもないけど、ハッピーエンドでもない。
書き始めたのが9月なのでこんなネタ。




2005.12.7