でもね、蛇神くん。 それじゃあロマンチックもへったくれも何もあったもんじゃなくてやだよね。 「最近雪降らないよねー…もう季節は終わってしまったのかな?」 教室の窓に体をくっつけて外を眺めていると、蛇神くんが傍まで歩いて来た。 「雪が降っては部活も出来ぬ。牛尾らしくないことを云うのだな」 「そうかな?僕雪が好きでね、雪が降ってるのを見ると外に出たくなってしまうんだよね。…だから、雪が降っても部活はやるよ。はは、それじゃあ皆可哀相かな」 「牛尾と考えを同じくする者もいるのではないか?」云って、蛇神くんは近くの机の上に腰掛けた。 「だといいなぁ」 僕がそう云って蛇神くんのほうを見ると、蛇神くんは微笑んでくれた。 僕はこの蛇神くんの優しく微笑んだ顔が大好きで、そのことは蛇神くんも知っている。 だってそれを僕は何回も蛇神くんに云ったから。 蛇神くんは照れたけど。 「…一度さ。降雪機を家の庭に持って来て、出来るだけ自然な感じで降るようにって頑張ってみたことがあるんだよ」 窓の外から視線を外さずに続けた。 「お母様は、凄いって云ってた。本当の雪が降ったみたいだって」 「…」 「でもね?」 ちらっと蛇神くんのほうを見ると、蛇神くんはやっぱり真剣に話を聞いてくれてて、それが嬉しくて僕も微笑んだ。 「でもね。やっぱりそれは人工的なものでしかなくてさ。見た目は全く一緒なんだけど、僕のほうでは気持ちが全然違ってて…」 「わかる也」 自然に降らないなら人工的に降らせてしまえという考えが蛇神くんに理解して貰えたことにびっくりした。 蛇神くんには絶対通用しない考えだと思っていた。 「そんな顔をしないでもいいだろう。我にも似たような経験がある」 「蛇神くん、に?」 僕は本当にびっくりして、でもとりあえず蛇神くんの話を聞こうと思って蛇神くんの隣に座った。 「幼い頃だがな。虹が見たいと思って」 「うん」 「庭の池で、…鯉が少しいるだけの本当に小さな池なんだが。その池の水を手で掬って思い切り撒いたら、小さな虹が出来た。だが、我が見たかったのはもっと大きな虹で」 「わかった。庭がべしゃべしゃになるくらい水撒いちゃったんでしょ」 「あぁ」 そう頷いて、蛇神くんは苦笑した。 蛇神くんにもそんな可愛い時代があったんだなぁと思うと本当に微笑ましい。 「そのときは、本当に…、…」 「…ん?どうしたんだい?」 「あぁ、いや。すまんな。雪の話とは大分違っていた」 なんだそんなことを気にしていたのかと思った。 僕は蛇神くんが思ってる程そんなことは気にしてないし、むしろ蛇神くんの幼少時代の話が聞けて嬉しいとさえ思っているのだ。 「いいんだよ。それより僕蛇神くんが小さかった頃の姿見たかったなぁ」 そう云って僕が蛇神くんの肩に頭を乗せると、蛇神くんがほんの少しだけど体を堅くしたのがわかった。 「……こんなに寒いのにね。どうして雪は降らないのかな」 僕の話は順番が目茶苦茶だったけど、蛇神はちゃんと聞いてくれていた。 「こーんなに寒いのに…」 「牛尾…」 名前を呼ばれたかと思ったら、肩に何かかけられた。 見てみれば、セーターだった。 「え、これ…蛇神くんの?」 「…いや。一宮のもの也」 「な、何で?」 僕は拍子抜けしてしまった。 てっきり蛇神くんのなんだと思ってしまったので、少しがっかりもしたけれど。 「理由は知らぬがこれを我の許へ預けたまま、取りに来ん。部活で渡せばいいかと思いそのままにしていたが…役に立ったな」 「だね」 学ランの上からセーターを着ることは出来ないから、とりあえず袖を合わせて大きさを測ってみると、僕よりほんの少し大きいだけだった。 こうやって見れば、これが蛇神くんのではないことぐらい一目瞭然だ。 「小さい…」 「牛尾よりは大きい」 僕が呟くと、それが聞こえていたのか蛇神くんがセーターの端を引っ張った。 「でも蛇神くんのほうがもっと大きいよ?」 「それはそうだが…」 だから何だと云いたそうなのがすごくわかって、僕は笑ってしまった。 「大きいほうが格好良い。何をしてても。野球だって、水泳だって、アメフトだって。体大きいほうが、手足長いほうが有利だし」 僕は蛇神くんの手をとった。 そしてその手をぎゅっと握る。 「この手、好きだよ。大きくて、野球やってるせいでぼろぼろで」 「手入れもせんからな」 「好き」 そう云って下から覗き込むと、蛇神くんがたじろいだ。 「…部活、行こうか」 「あ、あぁ」 蛇神くんの手を放して立ち上がって、セーターを蛇神くんに返した。 そして、まだ立ち上がる前の蛇神くんの前に立った。 「牛尾?」 「じっとしててね…」 そう云って、僕は蛇神くんの額に軽く口付けた。 「な…ッ」 「びっくりした?」 「あ、当たり前だ」 「ふふ、ごめんね」 蛇神くんの顔が少し赤くなったような気がしたけど、僕も恥ずかしくなってすぐに顔を背けてしまったのでよくわからなかった。 「部長が遅刻したら世話ないよね。早く行かないと」 鞄を肩にかけて蛇神くんのほうをちらっと見ると、蛇神くんもさっきのセーターをたたんだりしながら行く準備をしていた。 「結局雪は降らなかったね」 「寒いと云っていたのに、雪は好きというのも不思議な話だ」 「寒いっていうリスクを負ったんなら、それに対する代償も必要だろう?寒いからには雪も見られないと不満な訳だよ、僕は」 そう云って笑ったら、蛇神くんは苦笑していた。 僕らはそうやって話しながら階段をどんどん降りて行った。 そうして昇降口まで来たとき。 「…見ろ、牛尾」 「え?」 肩をたたかれたので何かと思って云われたほうを見ると、僅かにだけどでも確かに雪が舞っていた。 「雪だ…!」 「牛尾の願いが届いたのかもしれんな…」 「かもしれないね!」 僕はローファーをつっかけて、急いで外に出た。 「わ…やっぱり自然に降った雪のが断然綺麗。ねっ」 くるりと回って蛇神くんのほうを見ると、蛇神くんは静かに微笑んでいた。 「僕って子供っぽい?」 「こういうときだけな」 そう、と短く返事をして僕は空を見上げた。 いつも思う。 降っている雪を見上げると、それが虫が飛んでいるように見える。 虫はあまり好きじゃないし、それを雪の形容に用いるのもどうかと思うけど、どうしてもそう見えてしまうのだから仕方がない。 「今日は部活休みだね」 「するのではなかったのか?」 「まさか!反感は買いたくないしね」 冗談ぽく蛇神くんが云うのを笑って返すと、2人で並んで校門のほうへと歩き始めた。 「…」 「どうしたの?」 蛇神くんが前方に何やら見付けたらしく目を凝らしていたので、僕もじっと前を見た。 「…あ」 「やはりそうか?あれはお前の家の車であったか」 「もう来てるなんて…ニルギリも頑張るなぁ。折角途中まで一緒に帰れると思ってたのに」 僕が溜息をつくと、蛇神くんが僕の頭の上に手を置いた。 「そんな顔をするな」 「だってさ…」 優しい言葉をかけてくれたのは嬉しかったけど、やっぱり残念だった。 「あ」 僕は良い考えが浮かんで、蛇神くんの手を掴んだ。 そしてそれをぎゅっと握る。 「牛尾?」 「走って!」 「な…」 「いいから走って!!のんびり歩いてたら僕家に連れてかれちゃう」 ぐいぐい引っ張られるだけだった蛇神くんがだんだん追い付いてきた。 「いいのか?」 「いいの!」 僕が笑顔で頷くと、蛇神くんも笑って返した。 僕たちが校門を通り過ぎるときに僕の家の使用人が数人僕たちを追い掛けようとしていたけれど、あっさり諦めて車に乗り込んだ。 僕らは使用人なんかよりずっと早く走れる自信はあったけど、流石に車に追い掛けられても逃げ切れる自信はなかった。 でも、流石にそこまでする気はないらしい。 さっさと家のほうへと帰っていってしまった。 それを見届けてから、僕らは走る速度を落として近くの公園に入った。 「よかった…。でも可哀相に。あの人らニルギリかお母様に絶対怒られるよ。前のときなんか、それがこわかったらしくて車で追い掛けて来たりまでしたんだから」 「…」 蛇神くんが何か云いたそうだと思った。 「ならこんなことしなきゃよかったのにって思ったでしょ。駄目だよ?こんな機会滅多にないんだから。後でちゃんと謝るし」 蛇神くんは口数の少ない人だから、僕はいつも蛇神くんの分もよく喋ってるような気がする。 こうしている間にもどんどん雪は降っていて、僕らのはく息はとても白くて。 でも、繋いだままでいた手だけは温かかった。 「蛇神くん」 「…何だ?」 僕は手をぎゅっと握った。 「僕らずっと一緒にいられるよね」 「牛尾…」 「ね」 念を押すように云って、繋いだ手を額に押し当てた。 「…安易にずっと一緒だと云い切ることは出来ぬ。…しかし、我は…そう在りたいと思っている」 「…ありがとう」 蛇神くんらしい返事が返ってきて、僕は安心した。 僕は上を見上げて、また虫みたいに見える雪を眺めた。 「・・・やっぱり雪は大好き。蛇神くんも好きだけど、雪も好き」 「・・・あぁ」 「離れ離れになる日が来るまで、こうして笑ってられたらいいね」 約束なんか、守れなくなったときになったら辛いだけだから、これは願い。 これぐらいいいよね。 END ****************** 何だこらー。 あーまーい。笑 でも蛇牛は大好きすぎるー。笑笑 |